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東京高等裁判所 平成6年(ネ)2857号 判決 1997年7月17日

控訴人(原告) エフ・ホフマン・ラ ロッシュ アーゲー

被控訴人(被告) 大塚製薬株式会社 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人大塚製薬株式会社は、別紙物件目録(一)記載の注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売してはならない。

3  被控訴人持田製薬株式会社は、別紙物件目録(二)記載の注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売してはならない。

4  被控訴人株式会社林原生物化学研究所は、別紙物件目録(三)記載の注射用乾燥インターフェロン―αの原液を製造し、被控訴人大塚製薬株式会社及び被控訴人持田製薬株式会社に対して供給してはならない。

5  被控訴人大塚製薬株式会社及び被控訴人株式会社林原生物化学研究所は、連帯して、控訴人に対し、金一四億円及び内金三億一〇〇〇万円に対する平成五年四月一七日から、内金一〇億九〇〇〇万円に対する平成九年四月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  被控訴人持田製薬株式会社及び被控訴人株式会社林原生物化学研究所は、連帯して、控訴人に対し、金一億七〇〇〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する平成五年四月一七日から、内金一億二〇〇〇万円に対する平成九年四月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

8  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する被控訴人らの答弁

主文と同旨

第二請求の原因

一  当事者

1  控訴人は、肩書地に主たる営業所を有するスイス法人であり、医薬品、化学品等を製造、販売している。

2  被控訴人大塚製薬株式会社(以下「被控訴人大塚製薬」という。)及び被控訴人持田製薬株式会社(以下「被控訴人持田製薬」という。)は、いずれも主として医薬品を製造、販売している会社である。

3  被控訴人株式会社林原生物化学研究所(以下「被控訴人林原研究所」という。)は、食品原料、医薬品原料等を製造販売している会社である。

二  本件発明に係る権利

1  控訴人は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、本件特許権に係る発明を「本件発明」という。)を有する。

なお、本件発明の特許出願人は、当初エフ・ホフマン・ラ・ロッシュ・ウント・コンパニー・アクチェンゲゼルシャフトであったが、控訴人は、右法人から、右特許を受ける権利を譲り受け、平成元年一〇月三一日、特許庁長官に対し、右権利の承継を届け出た。

(一) 出願日    昭和五四年一一月二二日(昭和五四年一一月二二日に出願された特願昭五四-一五〇八〇三号の分割)

(二) 出願番号   特願昭五八-二九六三二号

(三) 優先権主張日 一九七八年一一月二四日(以下「本件優先権主張日」という。)

(四) 公告日   昭和六三年七月二九日

(五) 公告番号  特公昭六三-三八三三〇号

(六) 登録日   平成四年三月三〇日

(七) 登録番号  第一六五二一六三号

(八) 発明の名称 インターフェロン

(九) 特許請求の範囲 左記のとおり

ウシ細胞MDBKの場合、比活性〇・九×一〇の八乗~四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG一七三二の場合、比活性二×一〇の六乗~四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質を有し、分子量約一六〇〇〇±一〇〇〇~約二一〇〇〇±一〇〇〇であり、アミノ糖分が一分子当り一残基未満であり、順相および(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示すとともに、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す均質タンパク質であるヒト白血球インタフェロンを含有し、ドデシル硫酸ナトリウムおよび非インタフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないことを特徴とする、ヒト白血球インタフェロン感受性疾患治療用医薬組成物。

2  本件発明の構成要件を分説すると、本件発明は、まず、以下の(一)ないし(三)の構成を具備する場合すべてを技術的範囲としている。

(一) ヒト白血球インターフェロン感受性疾患治療用医薬組成物であること。

(二) ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと。

(三) ヒト白血球インターフェロンを含有すること。

そして、本件発明に含有されるヒト白血球インターフェロンはどのうなものであるかに関しては、以下の(四)ないし(九)で規定されている。

(四) ウシ細胞MDBKの場合、比活性〇・九×一〇の八乗~四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG一七三二の場合、比活性二×一〇の六乗~四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質を有すること。

(五) 分子量約一六〇〇〇±一〇〇〇~約二一〇〇〇±一〇〇〇であること。

(六) アミノ糖分が一分子当たり一残基未満であること。

(七) 順相及び(又は)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示すこと。

(八) ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示すこと。

(九) 均質タンパク質であること。

3  「ヒト白血球インタフェロン感受性疾患治療用医薬組成物」との要件について

右要件は、本件特許権の対象は医薬組成物であること、その医薬組成物はヒト白血球インターフェロン感受性(すなわち、ヒト白血球インターフェロンを投与して効果のある)疾患の治療用に用いられるものであることを規定している。

4  「ドデシル硫酸ナトリウムおよび非インタフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと」との要件について

(一) 天然のインターフェロンは、多種多量のタンパク質夾雑物中に存在している。だから、そういう「夾雑物」は実質的にすべて除かれていなければならない。したがって、実質的に共存することが認められるものは、インターフェロン活性のタンパク質(つまりインターフェロン)ということになる。他にインターフェロンが存在しているとき、全体としての対象物は、インターフェロンのいくつかの下位種の混合物ということになる。

(二) ドデシル硫酸ナトリウムが特に明記されているのは、従来は精製のためにドデシル硫酸ナトリウムを使うことがあり、そうすると得られたものの中にもドデシル硫酸ナトリウムが混ざっていたというインターフェロン精製の歴史にかんがみてのことである。そこで、本件発明のものはそういうものでないことを特に明らかにしたのである。

(三) なお、製品の安定化のために加えられた血清アルブミン等は「夾雑物」ではない。

5  「ヒト白血球インタフェロンを含有」するとの要件について

(一) 本件優先権主張日当時、インターフェロンの分類につき、抗原特異性によることが原則であった。したがって、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」もインターフェロンの型ないし種類を指す言葉であり、現在はそれに代わって「インターフェロン―α」という言葉を用いることになっているから、この言葉は、現在では「インターフェロン―α」と読み替えられるべきである。

(1) ア 本件発明の明細書(甲第一号証)(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の文言上、「ヒト白血球インタフェロン」は、高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示すものであるから、インターフェロンの下位種なのであって、産生されたままのインタフェロンではあり得ない。

発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載のみによるべきであるところ、本件特許請求の範囲においては、「白血球より産生される」とも、「白血球由来の」とも記載されておらず、一つの名詞として記載されている。

イ また、その発明の詳細な説明においては、「人の白血球のインターフェロン」(7欄三五行、9欄二五行、15欄六行等)との表現が使用されているが、それは、実施例又はそれと同様の実施の態様の説明の箇所において使われているだけである。発明の技術的範囲は実施例に限られるものではない。

また、実施態様の説明の箇所では「人の白血球のインタフェロン」と書き、他方、特許請求の範囲においては「ヒト白血球インタフェロン」という言葉を用いていることは、後者はインターフェロンの型ないし種類を示すために使い分けされていると解することが合理的である。

ウ さらに、本件明細書(甲第一号証)には、「全世界の研究者達はインターフェロンをそれが白血球型であろうとまた線維芽細胞型であろうと、・・・単離しようとしたが、不成功に終った」(2欄下から二行ないし3欄四行)と型であることをうかがわせる記載が存在する。

(2) ア 本件優先権主張日当時、既に産生細胞と産生されるインターフェロンの種類との間には一対一の対応のないことが知られていた。すなわち、インターフェロンの研究当初においては、インターフェロンに種類があるということは分からなかったが、白血球から産生されるインターフェロンと線維芽細胞から産生されるインターフェロンは違うとの認識が確定したこと(一九七五年ころ)、また、リンパ芽球より産生されるインターフェロン(ナマルバ細胞による)は白血球からのインターフェロンと同じだという事実が分かったこと(一九七七年ころ)等の研究の進展により、「白血球インタフェロン」という言葉は、現実に白血球から産生されるインターフェロンという意味を越えて、型ないし種類の名称となったのである。そして、本件優先権主張日当時、人のインターフェロンの種類は、抗原特異性によって分類され、白血球の産生するもので代表される種類、線維芽細胞の産生するもので代表される種類、それと免疫的に産生される種類の三種類あると認識されていた。

イ 本件優先権主張日当時、インターフェロンが産生細胞を語頭に付けて呼ばれていたことは事実であるが、それは実験等の対象とする個々的なインターフェロンを特定するための便宜的な表現であって、それによって分類していたものではない。

ウ 本件発明の発明者であるペスカ博士は、一九七七年五月以前に、リンパ芽球様細胞であるナマルバ細胞の産生するインターフェロンは八〇、九〇%白血球インターフェロンだと認識していたのである(甲第四五号証)。そのような発明者が一九七八年に出願した本件特許権の明細書に用いた「白血球インタフェロン」なる語が、リンパ芽球より生ずるものを排斥するとの意識であったはずはない。

(3) ア 一九八〇年三月、国際委員会は、これまでの白血球インターフェロン、線維芽細胞インターフェロン、免疫インターフェロンという言葉が不適切であるとして、α、β、γという言葉を提唱した。

国際委員会は、当時知られていたインターフェロンの種類は抗原特異性に基づく三種類であり、それらが以前においては「白血球インターフェロン」、「線維芽細胞インターフェロン」、「免疫インターフェロン」と呼ばれていたことを認め、今後はそれぞれα、β、γと呼ばれるべきことを提唱したのであり、リンパ芽球様インターフェロンという独立の種類など認められなかったのである。国際委員会は、それまで白血球インターフェロンが型を指していると考えたからこそ、白血球が白血球インターフェロン以外のインターフェロンを産生し、逆に白血球インターフェロンは白血球以外の細胞からも産生されるから、型の名称として白血球インターフェロンをいうのは紛らわしくて不適当だとしているのである。

イ 国際委員会は、人の白血球からのインターフェロンとリンパ芽球様細胞からのインターフェロンは若干のアミノ酸が違うと認識していた。しかし、その違いは、たまたま分析対象とされたサブタイプ間のことにすぎない。

(4)  また、本件明細書中の実施例2は、慢性骨髄性白血病(CML)患者の白血球を使用したものであるが、これは骨髄球系の白血球(顆粒球)が異常に増殖した患者のものであるから、その中には当然骨髄球(しかも病的なもの)が多くなっており、それは通常のバッフィ・コートではあり得ない。

(二) BALL―1細胞から産生されたインターフェロンは「リンパ芽球インターフェロン」又は「リンパ芽球様インターフェロン」と呼ばれ、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」に含まれるものである。

(1)  確かに、BALL―1細胞は、健常人の人体に自然に存在する白血球とは異なる。しかし、BALL―1細胞は、Bリンパ球から得られるものであり、Bリンパ球は白血球である。そして、本件明細書中の実施例2も白血病患者の白血球を用いたものであり、本件発明においてインターフェロンの産生に用いた白血球はこのような異常な性質を示すものも含むものである。

細胞を株化し、無限増殖できるようにすることは、臨床用に使えるようにインターフェロンを大量に得るためである。細胞自体はもともと白血球の一種であるから、たとえ細胞の性質が変わり、体外で増殖するようになっても、その産生するインターフェロンは全く別のものにはならず、もとの白血球からのインターフェロンと同種であろうと期待されていたからこそ大量生産が企図されたのである。

(2)  また、本件優先権主張日当時、BALL―1細胞と同じリンパ芽球様細胞であるナマルバ細胞の産生するインターフェロンは、その大部分が白血球(バッフィ・コート)からのインターフェロンと同種のものであることが学会の共同認識であった。

国際委員会も、リンパ芽球が主として白血球インターフェロンを産生することを認め、また、それを白血球からのインターフェロンと同じくインターフェロン―αと呼称することを定め、ただ時によりそれにつき白血球インターフェロンの亜種としての表示をしてもよい(may be)と述べたにすぎない。国際委員会のメンバーの誰一人も、リンパ芽球インターフェロンを一つの種類として名前を付けようなどとは思っていなかったものである。

(三) 仮に、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」が産生細胞を意味するとしても、本件特許権は、物の特許に係るものであり、かかる下位種を含有することを特徴とする医薬組成物である。物の特許ではインターフェロン産生の過程は問題にならない。したがって、本件特許請求の範囲の他の箇所でその属性を規定されている「ヒト白血球インタフェロン」(それが現在いうところのインターフェロン―αであるか否かを問わず)の下位種を含有するものである限り、本件発明の技術的範囲に入るものである。

(四) なお、本件特許請求の範囲の文言は、「・・・均質タンパク質であるヒト白血球インタフェロンを含有し」であるから、これを含めばよい。すなわち、下位種自体は当然本件特許権の対象であるが、本件特許権の対象は下位種に限定されない。

本件明細書には、「個々の種はそのまま使用することができ、或いはこのような種の二種以上の混合物を使用することもできる。このような混合物は単離した種を望むように混合することによって得ることができ、或いはインターフェロンの幾つかの種が存在するが、非インターフェロン(の)活性なタンパク質が存在しないところで精製を停止し、組成物が均質なインターフェロンタンパク質の混合物であるようにすることによって、得ることができる。」(甲第一号証9欄六行ないし一五行)と記載されている。精製を下位種の単離の段階まで行わず、いくつかの下位種が混合し、他にインターフェロン以外のものがない状態で止めるということは、つまり産生されたインターフェロンがそのまま純粋に単離された状態ということになる。本件発明は初めて白血球インターフェロンを実質的に純粋な、つまり物質そのものとして得た発明であるが故に、白血球インターフェロンの下位種と、下位種の任意の組合せと、産生されたときの組合せのままのインターフェロンとのいずれをも有効成分とする医薬について権利が与えられたのである。

6  「ウシ細胞MDBKの場合、比活性〇・九×一〇の八乗~四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG一七三二の場合、比活性二×一〇の六乗~四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質を有」するとの要件について

(一) 右要件にいう比活性とは、インターフェロン又はインターフェロンを含む混合物の抗ウイルス作用の程度のことであるが、比活性は、インターフェロンの種類ごとに特有の数値を有し、純粋なものであればあるほど当該インターフェロンの本来の活性の程度を示すものである。

(二) 特許請求の範囲の数値にも±五〇%の誤差が認められるのが当然である。すなわち、本件明細書(甲第一号証)一〇頁の表4を見れば、特許請求の範囲二×一〇の六乗はこの表の最小値から、最大値四・〇×一〇の八乗はこの表の最大値からそれぞれ採ったものであることは明らかである。そして、表の上部に、全体としてヒト細胞AG一七三二の場合±五〇%と記している。しかも、測定する内容は、インターフェロンがあるウイルスをどの程度の量で殺すかという生物学的な問題であり、本質的に時により上下すること免れないファクターである。

7  「分子量約一六〇〇〇±一〇〇〇~約二一〇〇〇±一〇〇〇であ」るとの要件について

(一)(1)  インターフェロンのごときタンパク質について、本件優先権主張日のころは、一般に電気泳動による移動距離によって分子量を推認していた。電場をかけると試料が媒体中を移動し、その時軽いものはよく動き、重いものは動きにくいので、原点からの移動距離を測定し、これを分子量既知の物質の移動距離と比較して判定するのである。ただし、媒体の密度が低いと試料は動き易く、高いと動きにくい。

(2)  本件では媒体としてドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドのゲル(SDS―PAGE)を用いるが、ゲルの濃度が濃いと密度が高く、薄いと密度が低い。ただし、対照物質もやはり進みにくく又は進み易いはずであるから、比較した場合、本来同じ値が出るはずである。しかし、経験によると、実際には違うのである。したがって、あるゲル濃度で出した分子量の確認は、同じ濃度で行うべきである。

(3)  本件明細書にはゲルの濃度の記載はないが、本件発明の発明者の発表した文献(甲第五八号証の一添付の各参考文献)は、右参考文献(1) 中の第一表、第二表がそれぞれ本件明細書の表1、表2に合致しているところから明らかなように、本件発明の過程で用いられた方法を記述しているものであり、その濃度は一二・五%である。

(二) また、同じ試料は、どのような条件においても同じ挙動を示すはずであるが、泳動バッファー(電極槽緩衝液)の組成が異なると、異なった挙動を示すことがある。

(三) なお、このような電気泳動の方法ではあまり厳密なところは分からないから、それによって得た分子量の値は、せいぜい一応の目安というべきものにすぎない。したがって、本件特許請求の範囲における「約」という値はかなりの幅を持つと解すべきである。

8  「アミノ糖分が一分子当り一残基未満であ」るとの要件について

(一) 発明は、その時々の技術水準においてなされ、これを権利化する特許明細書もその時の水準において作成されるものであるから、各種分析の方法も当時の方法で行うべきである。

本件明細書(甲第一号証)には、アミノ糖分析の方法は記載されていない。しかし、甲第八〇号証及び乙第六号証は、本件発明後間もない時期に本件発明の発明者の一人であるペスカ等が改めてインターフェロン―αのサブタイプにつきアミノ糖分析を行った結果を発表したものであり、本件明細書の場合も当然同じ方法で行ったと考えられる。

(二) その方法(四二三頁左欄中ほど以下)は、インターフェロンを加水分解し、着いているアミノ糖部も、鎖を構成しているアミノ酸もばらばらにし、次いでその全部をフルオレスカミンにより標識し、高速液体クロマトグラフィーにかけてアミノ糖含量を調べるという方法である。

9  「順相および(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す」との要件について

右要件については、高速液体クロマトグラフィーが物の分離、同定に用いる手段であるが、本要件は、物の同定の基準を示したものではなく、単一のピークを示すという表現により、試料が一つの物質から成り、混じり物がないことを意味するものである。本件発明に属する数種のインターフェロンは、それぞれが別の位置にピークを示すこととなる。

10  「ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す」との要件について

右要件については、高速液体クロマトグラフィーと同様に、電気泳動も物の分離、同定に用いられる手法であり、ドデシル硫酸ナトリウムは右電気泳動に用いられる試薬であって、電気泳動で単一バンドを示すということは、試料が純粋であることをいうものである。

11  「均質タンパク質である」との要件について

均質、すなわち性質が揃っていることの内容は前記各要件から定められているから、独立した要件というほどのものではない。

12  特許請求の範囲の記載と実施例との関係について

本件発明の技術的範囲は、本件明細書の実施例に記載されたものに限定されない。

すなわち、本件明細書中の実施例1では、α、β、γというフラクションを得たが、αとβは下位種のレベルには達していなかったようであり、γは下位種のレベルである。また、実施例2では、α1、α2、β2、β3、γ1、γ2、γ3、γ4、γ5というフラクションを得たが、β3、γ3、γ5は、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で二つのバンドが得られるので、下位種の混合物である。したがって、下位種のレベルに達していたのは、α1、α2、β2、γ1、γ2、γ4の六個である。なお、実施例1のγは実施例2のγ2と同一の下位種であることが判明したので、結局二つの実施例によって得られた下位種の数は六個である。

ここでサブタイプと下位種の関係について説明すると、ヒト白血球インターフェロン(インターフェロン―α)の中にも、いくつかの種類(サブタイプ)があり、現在一四種ほど知られている。これらはアミノ酸配列が少しずつ異なっているものである。さらに、例えば、サブタイプα2(ワイスマンの命名による)については分子量の違うグループがある。これはα2の完全な姿はアミノ酸一六五個のところ、一方の端(C末端)の方で途中で切れているものがあるからだと思われている。分子量の異なるものが含まれていると、高速液体クロマトグラフィーで単一ピーク、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示さない。ただし、サブタイプα8(ワイスマンの命名による)は、サブタイプの下に分子量の異なる下位種を持たない。

そうすると、現在一四種類知られているサブタイプ及び分子量の異なるそれ以上の数の下位種のすべてがこの実施例により見いだされなかったことは確かである。しかし、現在の知識によれば、すべての人のすべての場合の白血球(バッフィ・コート)から産生される(あるいは培養リンパ芽球や骨髄芽球から産生される)インターフェロンが常にすべてのサブタイプ含んでいるものではなく、時により異なる組成のようである。また、もしあるサブタイプが存在していたとしても、その量が少なければ、必ずしも分別操作により把握できるとは限らない。しかし、本件発明の発明者は、均質なインターフェロンを、下位種に至るまで純粋に得られる方法を開示した。そして世界で初めて、現実に下位種を得て見せた。この方法を他の下位種の含まれるインターフェロンに適用すれば、他の下位種が得られるのである。特許庁の物質特許に対する考え方(甲第一四号証)に照らし、こういう発明に対し、物としての特許を与えても当然である。殊に本件特許権における物とは、実質的に純粋なインターフェロンを含む医薬組成物である。正規な医薬としての承認は本件発明によって初めて可能となったのである。

三  被控訴人らの製造販売するインターフェロン製剤及び対比

1(一)  被控訴人林原研究所は、昭和六三年から、別紙物件目録(三)記載のインターフェロン原液を製造し、これを被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬に供給している。

(二)  被控訴人大塚製薬は、右原液を用いて別紙物件目録(一)記載の「オーアイエフ二五〇万IU」、「オーアイエフ五〇〇万IU」、「オーアイエフ一〇〇〇万IU」との商品名を付した注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売している。

(三)  被控訴人持田製薬は、右原液を用いて別紙物件目録(二)記載の「IFNαモチダ二五〇」、「IFNαモチダ五〇〇」、「IFNαモチダ一〇〇〇」との商品名を付した注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売している。

2  被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬の製剤、販売するインターフェロン製剤(以下、被控訴人林原研究所が製造している原液と合わせて、「被控訴人ら製品」という。)は、「ヒト白血球インタフェロン感受性疾患治療用医薬組成物」である。

(一) そのことは、ヒト白血球インターフェロンの現在の名称はインターフェロン―αであり、被控訴人ら製品はインターフェロン―αが効果があるとされた疾患の治療薬として販売されていることにより明らかである。

(二) 仮に、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」が直ちに現在のインターフェロン―αであるとはいえないとしても、人の白血球から産生されるインターフェロンはリンパ芽球からのインターフェロンと大部分重複することが本件優先権主張日当時明らかになっており、しかも被控訴人ら製品中のインターフェロンはその重複する部分を取り出したものであるから、その効果は人の白血球から産生されるインターフェロンが生ずる効果と同じである。

3(一)  被控訴人ら製品は、ドデシル硫酸ナトリウムも、「非インタフェロン活生タンパク質夾雑物」も実質的に含んでいない。

(二)  被控訴人らは、被控訴人ら製品には血清アルブミンが含まれていると主張するが、それは製品の安定化のため加えられたものであって、「夾雑物」ではない。

また、被控訴人らは、被控訴人ら製品には塩化ナトリウムとリン酸緩衝剤が含まれていると主張するが、それらも医薬組成物とするための必要上加えられたものであって、「夾雑物」ではない。

4  下位種OIF―1について

(一) 被控訴人ら製品は、控訴人がOIF―1と仮称する下位種(甲第三号証の一ないし四)を含んでおり、その特性は別紙物件目録(一)ないし(三)各A記載のとおりであるから、OIF―1は、

(1)  比活性

(2)  分子量

(3)  アミノ糖含有量

(4)  順相および(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおける単一のピーク

(5)  ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)における単一バンド

(6)  均質タンパク質であるヒト白血球インターフェロンの含有

の点で、本件発明の構成要件を満たしている。

(二)(1)  インターフェロン―αはヒト白血球インターフェロンの現在の名称であるから、インターフェロン―αのサブタイプα2(ワイスマンの命名による)の下位種であるOIF―1が「ヒト白血球インタフェロン」であることは明らかである。

(2)  仮に、「ヒト白血球インタフェロン」が人の白血球から産生されたインターフェロンを意味するとしても、被控訴人ら製品中のα2のアミノ酸配列は、ワイスマンが人の白血球から産生されるインターフェロンについて人の白血球の遺伝子を用いて確定したアミノ酸配列と同じである。したがって、被控訴人ら製品中のα2は、人の白血球から産生されるインターフェロンと同一のものである。したがって、更にその下位種であるOIF―1もまた、客観的に人の白血球から産生されるインターフェロンと同一のものである。

(3)  ヒト白血球と、米国ニューヨーク州のロズウェル・パーク・キャンサー・インスティテュートに保存されていたBALL―1細胞株からの細胞とを、ヒト白血球インタフェロンが産生される条件下でそれぞれセンダイウイルスにより誘発し、これにより生ずるメッセンジャーRNAを用いて、それぞれの細胞から産生される白血球インターフェロンのアミノ酸配列をその相補鎖DNAの塩基配列に基づいて決定し、対比したところ、白血球調製物及びBALL―1細胞の両者からワイスマンの命名によるα2及びα8と全く同一のアミノ酸配列を有するインターフェロンをコードするDNAが得られた。すなわち、白血球をセンダイウイルスにより誘発することにより産生されるインターフェロン中のα2は、BALL―1細胞をセンダイウイルスにより誘発することにより産生されるインターフェロン中のα2とアミノ酸配列において全く同一の物質であると理解された(甲第九一号証)。

(三) OIF―1のアミノ糖含有量は、一分子当たり一残基未満である(甲第八七号証―〇・八六残基)。

(1) ア 甲第八七号証が甲第一五号証と異なるのは、加水分解の際チオグリコール酸を用いなかったことである。その添加は、分解の際アミノ酸を保護しようと思ってしたことであるが、その後の検討の結果、かえってアミノ糖分解の原因を与えたことが分かったからである。

イ 甲第八七号証におけるアミノ糖の回収率は約七三%である。

被控訴人は、乙第六七号証に基づき、甲第八七号証におけるアミノ糖の回収率七三%は不正確であり、実際は五三%であると主張する。しかしながら、乙第六七号証における加水分解後のアミノ糖の量は、<1>アミノ糖をアセチル化し、<2>2―アミノピリジンにより標識し、<3>還元試薬を加えて加熱還元し、<4>ゲルろ過カラムを通し、<5>逆相高速液体クロマトグラフィーで分離するという、甲第八七号証の方法とは異なる、しかも工程の多い方法で行われている。それにより、甲第八七号証と同じ量のアミノ糖が得られたという保証などない。乙第六七号証の図3を見ると、内部標準としたラムノースは処理後かなり減っている。それが減ったということは、前記五工程の操作のためであろうと推認される。その減り方もまちまちで、加水分解時間が長くなるほど多くなっていることは理解し難い。これに対し、甲第八七号証では、インターフェロン(OIF―1)を分解しアミノ糖を定量したのと全く同じ方法で、同じ実験内でオボアルブミンを分解し、得られたアミノ糖を定量しているのである。本件発明の再現として方法論的に甲第八七号証が正しいことは明らかである。

また、乙第六七号証は、OGS社から提供されたオボアルブミン中のN―アセチルグルコサミンの量につき、OGS社自身が製品に添付した分析値のミリグラム当たり五一・〇ナノモルという数字を使用せず、自分で行った実験により得られたアボアルブミン一μg当たり二一三ピコモルを回収率の基準としている。しかしながら、自ら日常的にオボアルブミンを作り、分析しているOGS社の分析値より被控訴人が行った一回の実験により得た数値の方が正しいと解することはできない。

さらに、乙第六七号証の図1Aと図3Aがピーク数等が異なっているが、その理由が不明である。

ウ 甲第八七号証で対照物質としたオボアルブミンは、対照物質としてはるかに優れている。

すなわち、オボアルブミンは、インターフェロンと同様、タンパク質であるから、被控訴人が乙第七〇号証で用いているセリン―ガラクトース―ガラクトサミンという低分子化合物よりも標準物質として適当である。標準とすべくガラクトサミンとグルコサミンの双方を持っており、しかも組成が知れているタンパク質は見当たらない。被控訴人が乙第七〇号証で用いたセリン―ガラクトース―ガラクトサミンも、グルコサミンを持っていない。そして、何よりも甲第八〇号証及び乙第六号証(本件発明後間もない時期にペスカ博士らにより行われた方法)で標準物質として用いられているから、本件発明における分析の再現としてそれによるほかはない。

エ さらに、本件明細書には酸の強さについての記載はなく、小さなペプチドが存在すると記載されているところからすると、本件明細書における加水分解条件は、あるいは6Nより弱かったのかもしれない。しかし、加水分解には、6N塩酸を用いた。これは、4N塩酸ではインターフェロンのたんぱく鎖が十分に分解されず、高速液体クロマトグラフィーによる正確な分析を妨げたからである。

そして、甲第八〇号証及び乙第六号証の方法は、インターフェロンのアミノ糖もアミノ酸もばらばらにし、アミノ糖もアミノ酸も蛍光するフルオレスカミンで標識し、アミノ糖もアミノ酸も同じ条件で検出するものであり、甲第八七号証の方法が方法体系としては右甲第八〇号証及び乙第六号証の方法と同じである。

そして、6N塩酸を用いることによる過分解の可能性は、標準試料(甲第八七号証ではオボアルブミン)により回収率を確認し、補正している。

(2)  被控訴人らは、アミノ糖含有量の測定の点につき、乙第二七号証を提出する。

ア しかしながら、被控訴人らの右実験は、市場にあった被控訴人ら製品についてされたものではなく、被控訴人らの手にある原液により行われたものであり、第三者がその組成を確認できないため、それが真正であることの担保がない。

イ また、被控訴人らの行った乙第二七号証の方法は、加水分解によりアミノ糖をインターフェロンから分離し、そのアミノ糖を2―アミノピリジンにより標識し、その後にアミノ糖を分けて取り出し、それを高速液体クロマトグラフィーにかけて量を調べるという方法である。この方法は、インターフェロンのアミノ糖もアミノ酸もばらばらにし、アミノ糖もアミノ酸も蛍光するフルオレスカミンで標識し、アミノ糖もアミノ酸も同じ条件で検出するという甲第八〇号証及び乙第六号証の方法と異なっている。

被控訴人らは、乙第六二号証を提出し、乙第三号証及び乙第二七号証において適用した測定方法が公知であったとするが、最初に日本人の学者が当該方法を発表したのが一九七八年というのであっては、本件優先権主張日が一九七八年である本件発明までには到底一般化され得ず、本件発明において用いられたはずがない。しかも、発表者自ら最初の発表の時にはまだ大きな弱点があったと述べているのである。

ウ さらに、被控訴人らは、フルオレスカミンを標準物質として用い、甲第八〇号証及び乙第六号証に記載された条件に基づいて測定しても同じ結果が得られるとして乙第七〇号証を提出するが、乙第七〇号証では、アミノ糖分析の方法とアミノ酸分析の方法を違うやり方で行っている。

4N塩酸でも、インターフェロンのアミノ酸鎖は相当に分解し、部分的に分解された複数のアミノ酸の結合、すなわちペプチドが生じる。そして、乙第七〇号証では、フルオレスカミンで標識したから、アミノ基を有するペプチドも検出されるが、多くの種類のあるペプチドがどこに現れるかは分かっていない。乙第七〇号証では、その点の注意が払われていない。

現に、乙第七〇号証において、現れたグルコサミンは明らかに他の物質により汚染されている。乙第七〇号証の第2図の被験試料のグルコサミンの位置のピークは、ピークの頂上が中心より左にあり、右の方にこぶがある。また、同第2図の標準試料のクロマトグラムでは、左側の黒矢印の左に汚染されたピークが現れている。なお、4Nの加水分解ではグルコサミンの位置に事実、他の物質が溶出することがある(甲第一〇〇号証第1図)。

エ インターフェロンは高分子タンパク質であるから、対照物質として低分子化合物であるBC66/62を用いることも疑問である。

(四) 仮に、本件発明の技術的範囲が本件明細書の実施例に明記されたものに限定されるとしても、当時あり得た計量誤差を考慮すると、タンパク質の一次構造を反映するアミノ酸組成の比較から、本件明細書表5に記載のα2がサブタイプα2(ワイスマンの命名による)(特にその下位種であるOIF―1)であると認められる(甲第五七号証の一、二)。

(五) 均等(アミノ糖)

仮に、OIF―1のアミノ糖含量がインターフェロン一分子当たり一残基以上であったとしても、アミノ糖一残基未満のOIF―1をアミノ糖一・三五ないし一・四残基程度のものに置換することは、可能であり、そのことは、当業者に予測できることである。また、均等の成否を相違の非本質的なものかどうか(判断時点は侵害と主張されているものが現れた時)で判断しても、アミノ糖の〇・三五ないし〇・四残基程度がインターフェロンにとって非本質的なものであることは、明らかである。

(1) ア 本件発明者は、従来のインターフェロンは糖タンパクだとの思い込みに反し、白血球インターフェロンには糖はほとんど結合しないこと、したがって白血球インターフェロンの多種性はもっと基本的なアミノ酸配列にあることを見いだした。そして、本件発明者は、糖がほとんどないことを測定の便からして、アミノ糖の含有量をもって、インターフェロン一分子当たりアミノ糖一残基未満だという形で報告したのである。

イ アミノ糖含有量の違いは、たかだか〇・三五ないし〇・四残基であり、いずれにしろインターフェロン一分子を構成する一六五個のアミノ酸のうち糖鎖はやっとその一つに着くか着かないかであり、他のアミノ酸はすべて糖鎖がなく、それから想定される糖の量は、それまで予想されていた量よりはいずれにしてもはるかに少なく、ヒト白血球インターフェロンは本質的に糖タンパクではないという本件発明の発明者の発見の枠内にある。

ウ そもそもインターフェロンの同一性は、アミノ酸配列で決定される。ヒトの白血球細胞は、インターフェロンのDNAを持ち、それがmDNAを介してインターフェロンを作るのである。糖は、インターフェロンができた後に着くのである。どのくらい着くかは、その環境における糖や糖を着ける酵素の存在量、その他様々な条件による。

エ そして、インターフェロンについての社会的関心はその疾患治癒効果にあるが、アミノ糖を含む糖はそれについて働きを示さない。副作用についても同じである。

すなわち、甲第七七号証は、糖(炭水化物)を除いてもインターフェロンの抗ウイルス活性も抗体結合能も変わりのないことを示している。遺伝子組換え型インターフェロンにはアミノ糖分が全くないが、それでも同様に有効であることは甲第七八号証(四一五頁左欄)に記載されている。また、甲第七九号証(一八頁右欄、一九頁右欄、二〇頁右欄、二二頁左欄、右欄)でも、組換え型のインターフェロンが有効であること及び副作用についても大きな差がないことが記載されている。甲第七四号証(二〇〇頁右欄)は、遺伝子組換え型の方が副作用が少ないと言っている。

現在世界的規模において糖の全くない遺伝子組換えによるインターフェロン―αがリンパ芽球を利用した天然のものより多く使用されている。糖鎖が薬効に関係があるならば、そのようなことはあり得ない。

被控訴人らのこの点についての主張は、天然型物質を糖鎖のあるものとし、遺伝子組換え型物質を糖鎖のないものとして比較するものであり、本件については的外れである。もし糖鎖の効果を比較するなら、同じ天然型の中で糖鎖のないα8(ワイスマンの命名による)と糖鎖のあるα2(ワイスマンの命名による)との薬効を比較すべきである。

また、乙第五一及び第五二号証には、糖鎖部分の極めて多いエリスロポイエチンについて記載されているにすぎない。乙第五三号証は、IFN―α2a、IFN―α2b及びIFN―αN1の三つを比較し、α2aだけ抗体の出現が有意に高いとし、α2bとαN1は有意差なしと考えている。しかし、α2bも遺伝子組換えのものであり、このこと自体、原因は糖鎖でないことを物語っている。乙第五五号証は、組換え型IFN―α2aに抗体が出た二例のうち、IFN―βを用いて治癒したのが一例あるというにすぎず、そもそも一般論を語ることはできない。

オ 仮に、現在では糖鎖に何らかの意義が認められるとしても、本件発明の前後においてインターフェロンについての糖の意義は認められていなかった。そういう認識を前提とする本件発明においては、糖の含有量(ひいてはアミノ糖の含有量)の持つ意義は小さいと評価するのが当然である。

(2)  本件発明の発明者ペスカは、本件発明に先立って、リンパ芽球の産生するインターフェロンの大部分は白血球型であることを発表しているのであるから、それが白血球インターフェロンとして用いられると予測したことは、自明である。

カンテル博士も、リンパ芽球インターフェロンは白血球インターフェロンの望ましい性質を持ちつつ製造に便宜なもののようだと述べている。

(3)  本件発明の社会に対する貢献は、初めてヒト白血球インターフェロンを純粋な形で得たことにある。アミノ糖がどのくらい着いているかは、インターフェロンの純粋性には関係のないことである。

(4)  白血球インターフェロンの中にはアミノ糖の多いものもあり、少ないものもあるところ、本件特許権ではそのうち少ないもののみを対象としたというものではない。本件でのアミノ糖の数値は、ただそう認識したというだけなのである。そして、当時のアミノ糖分析技術の精度を考慮すれば、現在での分析値と多少違いのあることは十分あり得ることであり、その限定をもって発明者の責めに帰せられる過失とすべきものではない。

(5)  したがって、OIF―1は、アミノ糖含有量がインターフェロン一分子当たり一・三五ないし一・四残基であったとしても、均等により本件発明の技術的範囲に属する。

5  サブタイプα8(ワイスマンの命名による)について

(一) 仮に、前記4の事実が認められないとしても、被控訴人ら製品は、サブタイプα8(ワイスマンの命名による)を含有しており、その特性は別紙物件目録(一)ないし(三)各B記載のとおりであるから、サブタイプα8は、

(1)  比活性

(2)  分子量

(3)  アミノ糖含有量

(4)  順相および(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおける単一のピーク

(5)  ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)における単一バンド

(6)  均質タンパク質であるヒト白血球インタフェロンの含有

の点で、本件発明の構成要件を満たしている。

(二)(1)  インターフェロン―αはヒト白血球インターフェロンの現在の名称であるから、インターフェロン―αのサブタイプであるα8(ワイスマンの命名による)が「ヒト白血球インタフェロン」であることは明らかである。

(2)  仮に、「ヒト白血球インタフェロン」を人の白血球から産生されたインターフェロンを意味するとしても、被控訴人ら製品中のα8のアミノ酸配列は、ワイスマンが人の白血球から産生されるインターフェロンについて人の白血球の遺伝子を用いて確定したアミノ酸配列と同じなのである。したがって、被控訴人ら製品中のα8は、客観的に人の白血球から産生されるインターフェロンと同一のものである。

(3)  前記4(二)(3) に記載のとおり、米国ニューヨーク州のロズウェル・パーク・キャンサー・インスティテュートに保存されていたBALL―1細胞株からの細胞を利用して行った試験結果によれば、白血球をセンダイウイルスにより誘発することにより産生されるインタフェロン中のα8は、BALL―1細胞をセンダイウイルスにより誘発することにより産生されるインタフェロン中のα8とアミノ酸配列において全く同一の物質であると理解された(甲第九一号証)。

(三)(1)  被控訴人らは、乙第二号証に基づき、被控訴人ら製品中のα8の分子量を約二四、五〇〇と主張するが、乙第二号証(五頁)におけるゲルの濃度は一五%である。前記二7(一)のとおり、ゲル濃度により測定値が異なるところ、本件明細書におけるゲルの濃度は一二・五%であったものである。

そこで、被控訴人ら製品中のα8の分子量の測定をゲルの濃度を一二・五%として行うと(甲第八八号証)、結果は二〇、〇〇〇となる(一五%のゲルでは二一、〇〇〇であった。)。

また、甲第五八号証の一、二によれば、ゲルの濃度を一二・五%として行うと、結果は二一、五〇〇±五〇〇となる。

(2)  また、甲第五八号証の一の泳動バッファー(電極槽緩衝液)の組成は、五〇〇〇ml(一〇〇〇mlは誤記である。)中、トリス三〇g、グリシン一四四g、SDS四gである。甲第八八号証においても、五リットル当たりに換算すれば、トリス三〇g、グリシン一四四g、SDS五gである。これに対し、乙第六八号証の緩衝液の組成は、五リットル中トリス一五g、グリシン七〇g、SDS五gで、SDSを除き、控訴人側実験の約半量である。甲第五八号証の一及び甲第八八号証によれば、α8は明らかに分子量二五〇〇〇のキモトリプシノーゲンAよりも速く、遠くに移動している。ある組成のバッファー中で速く動くということは、やはりその物の方が本質的には軽いことを物語っている。控訴人実験のバッファーの方がその本質を顕現させたのである。

(3)  被控訴人は、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)においては、ファーガソン・プロットがゲル濃度〇%付近において一点に収斂すべきものであり、甲第八八号証はそうなっていないから信用できない旨主張する。しかしながら、ファーガソン・プロットがゲル濃度〇%において一点に収斂するというのは、そのような場合もあるというだけであって、常にそうなるというわけではない。乙第六三号証の一の参考資料4には、一点に収斂するもの、しないもの四つの型が示されている。

また、乙第六八号証の図10を見ると、各線が一点に収斂しておらず、甲第八八号証の図4と比べると、大差ない。甲第八八号証の図も真中の三本の線は一点に収斂しているし、上の二本の線と下の一本の線は、線の引きようで、もっと真中に近づけることができる。この二つの図を本質的に違うように言うのはおかしい。

(4)  なお、現在では質量スペクトル測定装置を使って更に正確に分子量を測定することができる。これによると(甲第六〇号証)、被控訴人ら製品中のα8の分子量は、一九四八一・二となる。また、現在ではα8のアミノ酸配列は分かっているので、構造に基づいて理論値を計算できるが、その値は一九四八〇・三二であり、右質量スペクトル測定装置による値とよく一致する。

(5)  以上のとおり、被控訴人らの示した二四、五〇〇という値は、客観的数値に相違し、また、発明者のした測定と異なる条件によるものであるから、採用すべきでない。

(四) α8の比活性は、ウシ細胞MDBKの場合、二・七八×一〇の八乗単位/mgタンパク質であり、特許請求の範囲の〇・九×一〇の八乗~四・〇×一〇の八乗単位/mgの中に入っている。ヒト細胞AG一七三二の場合、控訴人の実験によると、七・〇七×一〇の八乗であったが、ばらつきが大きく、誤差は±五〇%であると認められた(甲第六一号証二頁、六頁)。特許請求の範囲の数値は二・〇×一〇の六乗~四・〇×一〇の八乗(±五〇%)なので、その中に相当に重複部分がある。

(五) 被控訴人ら製品中のα8にはアミノ糖は実質的に存在しないことは、その質量スペクトル測定装置を使って測定した分子量がアミノ酸配列から計算した理論値と一致することから明らかである。すなわち、アミノ糖があれば、それはアミノ酸の鎖の横に着くので、分子量は構成アミノ酸の種類と数とから計算した理論値をそれだけ上回るはずのところ、理論値どおりなのであるから、アミノ糖の存在すべき余地がない。

(六) 仮に、本件発明の技術的範囲が本件明細書の実施例に明記されたものに限定されるとしても、当時あり得た計量誤差を考慮すると、タンパク質の一次構造を反映するアミノ酸組成の比較から、本件明細書表5に記載のγ4かβ3がサブタイプγ8(ワイスマンの命名による)であると認められる(甲第五七号証の一、二)。

(七) なお、控訴人は、原審では被控訴人ら製品中のα8を取り上げなかったけれども、如何なる理由で侵害であるかは、攻撃方法にすぎない。しかも、右α8はOIF―1と共に被控訴人ら製品に含まれる下位種であり、それにより被控訴人らの行為が侵害であるとする根拠は従来と全く同一であるから、右α8について論ずることは単に侵害であることの新しい理由付けにすぎず、請求原因の変更ですらない。仮に訴えの変更であるとしても、請求の基礎が同一であることはもちろん、被控訴人らは自ら原審以来右α8を持ち出しているのであるから、被控訴人らに対する不意打ち的要素はなく、これにより訴訟手続が遅延するはずがない。

6  単一ピーク、単一バンドの点について

被控訴人ら製品中のインターフェロン―αがそのままでは高速液体クロマトグラフィーで複数のピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)において複数のバンドを示すことは、均質タンパク質であるいくつかのインターフェロンの下位種の混合物であることを意味し、これらを分離すれば、高速液体クロマトグラフィーで単一ピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す均質インターフェロンが含有されていることが明らかであるから、被控訴人ら製品中のインターフェロン―αが本件発明の「ヒト白血球インタフェロン」であることは疑いがない。

なお、被控訴人ら製品中のインターフェロン―αは、均質な各種インターフェロンの下位種を得た後に混合したものではないと思われるが、そうであったとしても、本件特許請求の範囲の文言を充足することは明らかである。

7(一)  本件発明の各構成要件と、被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬の右各製剤とを対比すると、両者が一致していることは明らかであるから、被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬による右各製剤の製造販売行為が本件特許権を侵害することは明らかである。

(二)  被控訴人林原研究所は、被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬の製品の原料であるインターフェロン―α原液を製造し、これに人血清アルブミン等の添加物を加えて被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬に提供しているから、被控訴人林原研究所の右行為は本件特許権を侵害するものである。

(三)  仮に、被控訴人林原が右添加物を加えずに被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬にインターフェロン―α原液を提供しているとしても、右は、本件特許権を侵害することにのみ用いるものを製造販売する行為であるから、本件特許権を間接に侵害するものであるといわなければならない。

8  共同不法行為

被控訴人林原研究所は、被控訴人大塚製薬の「オーアイエフ二五〇万IU」、「オーアイエフ五〇〇万IU」、「オーアイエフ一〇〇〇万IU」の製造販売に関し、被控訴人大塚製薬の右侵害行為を共同してなしたものであり、被控訴人持田製薬の「IFNαモチダ二五〇」、「IFNαモチダ五〇〇」、「IFNαモチダ一〇〇〇」の製造販売に関し、被控訴人持田製薬の右侵害行為を共同してなしたものである。

9  被控訴人らの主張に対する認否

控訴人は、被控訴人ら製品におけるインターフェロン―αの産生細胞がヒトリンパ芽球BALL―1細胞であることについては、明らかに争わない。

四  損害

被控訴人らによるインタフェロン―α製剤及びその原液の製造販売が、平成四年三月三〇日までは、本件発明に係る仮保護の権利を、その後は本件特許権を侵害することは、以上に述べたとおりであるところ、被控訴人らの右侵害行為により控訴人が被った損害は、以下のとおりである。

1  被控訴人大塚製薬

(一) 被控訴人大塚製薬による同製剤(商品名「オーアイエフ五〇〇万IU」)の各年別の薬価基準による販売額は、左記のとおりとなり(合計九四億六五四〇万円)、右製剤の実際の販売価格は薬価基準の少なくとも七〇%であるから、実際の売上は六六億二五七八万円である。

したがって、控訴人は、右売上に関し、

平成二年四月一三日以前の分については、法律上の原因なくして控訴人の損失により被控訴人大塚製薬及び被控訴人林原研究所の利益が獲得されたものであるから、不当利得により、

平成二年四月一四日から平成四年三月三〇日までの期間については、特許法五二条二項、一〇二条二項により、

平成四年三月三一日以後の分については特許法一〇二条二項により、

いずれも通常の実施料相当額の金額の支払を請求することができるところ、右製剤品の通常の実施料は、実際の売上の五%を下らないから、右実施料相当額は合計三億一二八九万円となるが、控訴人は、その内金三億一〇〇〇万円の支払を求める。

(1)  昭和六三年    二〇二〇万円

(なお、同年一二月一二日に販売を開始している。)

(2)  平成元年  一九億二八一〇万円

(3)  平成二年  二二億四七三〇万円

(4)  平成三年  二五億八八六〇万円

(5)  平成四年  二六億八一二〇万円

(二) 被控訴人大塚製薬による同製剤(商品名「オーアイエフ二五〇万IU」、「オーアイエフ五〇〇万IU」、「オーアイエフ一〇〇〇万IU」)の平成五年以降の各年別の薬価基準による販売額は、左記のとおりとなり(合計三一二億四五九〇万円)、右製剤の実際の販売価格は薬価基準の少なくとも七〇%であるから、実際の売上は二一八億七二一三万円である。

したがって、控訴人は、右売上に関し、特許法一〇二条二項により、通常の実施料相当額の金額の支払を請求することができるところ、右製剤品の通常の実施料は、実際の売上の五%を下らないから、右実施料相当額は合計一〇億九三六〇万六五〇〇円となるが、控訴人は、その内金一〇億九〇〇〇万円の支払を求める。

(1)  平成五年  三五億二一八〇万円

(2)  平成六年  五六億一五〇〇万円

(3)  平成七年 一一四億七三六〇万円

(4)  平成八年 一〇六億三五五〇万円

2  被控訴人持田製薬

(一) 被控訴人持田製薬による同製剤(商品名「IFNαモチダ五〇〇」)の各年別の薬価基準による販売額は、左記のとおりとなり(合計一五億一九一〇万円)、右製剤の実際の販売価格は薬価基準の少なくとも七〇%であるから、実際の売上は約一〇億六三三七万円である。

したがって、控訴人は、右売上に関し、

平成二年四月一三日以前の分については、法律上の原因なくして控訴人の損失により被控訴人持田製薬及び被控訴人林原研究所の利益が獲得されたものであるから、不当利得により、

平成二年四月一四日から平成四年三月三〇日までの期間については、特許法五二条二項、一〇二条二項により、

平成四年三月三一日以後の分については特許法一〇二条二項により、

いずれも通常の実施料相当額の金額の支払を請求することができるところ、右製剤品の通常の実施料は、実際の売上の五%を下らないから、右実施料相当額は合計五三一六万八五〇〇円となるが、控訴人は、その内金五〇〇〇万円の支払を求める。

(1)  昭和六三年    二六〇万円

(なお、同年一二月一二日に販売を開始している。)

(2)  平成元年  二億二九七〇万円

(3)  平成二年  三億四九四〇万円

(4)  平成三年  四億六一六〇万円

(5)  平成四年  四億七五八〇万円

(二) 被控訴人持田製薬による同製剤(商品名「IFNαモチダ二五〇」、「IFNαモチダ五〇〇」、「IFNαモチダ一〇〇〇」)の平成五年以降の各年別の薬価基準による販売額は、左記のとおりとなり(合計二九億三八三〇万円)、右製剤の実際の販売価格は薬価基準の少なくとも七〇%であるから、実際の売上は二〇億五六八一万円である。

したがって、控訴人は、右売上に関し、特許法一〇二条二項により、通常の実施料相当額の金額の支払を請求することができるところ、右製剤品の通常の実施料は、実際の売上の五%を下らないから、右実施料相当額は合計一億二八四〇万五〇〇〇円となるが、控訴人は、その内金一億二〇〇〇万円の支払を求める。

(1)  平成五年  四億六四八〇万円

(2)  平成六年  五億一八一〇万円

(3)  平成七年  九億〇五一〇万円

(4)  平成八年 一〇億五〇三〇万円

五  よって、控訴人は、

(一)  本件特許権に基づき、被控訴人らに対し、別紙物件目録(一)ないし(三)のインターフェロン製剤品の製造、販売(又は供給)の差止め、

(二)  本件仮保護の権利又は本件特許権に基づき、

(1)  被控訴人大塚製薬及び被控訴人林原研究所に対し、連帯して、不当利得金又は不法行為による損害金一四億円及び内金三億一〇〇〇万円に対する請求後又は不法行為後である平成五年四月一七日から、内金一〇億九〇〇〇万円に対する同平成九年四月二三日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払

(2)  被控訴人持田製薬及び被控訴人林原研究所に対し、連帯して、不当利得金又は不法行為による損害金一億七〇〇〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する請求後又は不法行為後である平成五年四月一七日から、内金一億二〇〇〇万円に対する同平成九年四月二三日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払

を求める。

第三請求の原因に対する被控訴人らの認否

一  請求の原因一は認める。

二1  同二1は認める。

2  同二2は、その分説の仕方を争う。

3  同二3ないし12は争う。

三1  同三1(一)のうち、被控訴人林原研究所が、昭和六三年から、インターフェロン原液を製造し、これを被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬に販売していることは認めるが、被控訴人林原研究所が製造しているインターフェロン原液が別紙物件目録(三)に記載のとおりであることは否認する。

2  同三1(二)のうち、被控訴人大塚製薬が、右原液を用いて商品名「オーアイエフ二五〇万IU」、「オーアイエフ五〇〇万IU」、「オーアイエフ一〇〇〇万IU」の注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売していることは認めるが、被控訴人大塚製薬が製造しているインターフェロン製剤が別紙物件目録(一)に記載のとおりであることは否認する。

3  同三1(三)のうち、被控訴人持田製薬が、右原液を用いて商品名「IFNαモチダ二五〇」、「IFNαモチダ五〇〇」、「IFNαモチダ一〇〇〇」の注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売していることは認めるが、被控訴人持田製薬が製造しているインターフェロン製剤が別紙物件目録(二)に記載のとおりであることは否認する。

4  同三2ないし8は争う。

四  同四は争う。

第四被控訴人らの主張

一  「ドデシル硫酸ナトリウムおよび非インタフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まない」との要件について

医薬組成物中に「安定化のため」に人血清アルブミンを添加した場合と「夾雑物」として含まれた場合とにおいて、医薬組成物としての構成及び作用効果には何らの差異がない。また、本件明細書中の実施例に血清アルブミンを使用したものがあるとしても、本件特許請求の範囲においては明らかにこれを排除しており、かつ、特許請求の範囲の記載の意味するところは極めて明確である。

二  本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」について

1  出願経過等

(一)(1)  本件特許権は、控訴人が昭和五四年一一月二二日に特許出願した発明(特願昭五四-一五〇八〇三号)につき、昭和五八年二月二五日付けで出願の分割を行って成立したものであるが、右出願の分割当時の特許請求の範囲は二八項からなり、そのうち第1項ないし第12項は以下のとおりのものであった(乙第四四号証の一)。

「1 均質なタンパク質としてのインターフェロン。

2  人のインターフェロンである特許請求の範囲第1項記載の均質なインターフェロン。

3  白血球のインターフェロンである特許請求の範囲第2項記載の均質な人のインターフェロン。

4(a)  一Mのピリジン/二Mのギ酸緩衝水溶液中の三一%のn―プロパノール(〇~四〇%の勾配)の濃度においてオクチル結合シリカマトリックスHPLC四・六×二五〇mmのカラムから室温および〇・二ml/分の流速で単一のピークとして溶離され;

(b)  ロイシンアミノペプチダーゼおよびアミノペプチダーゼMを用いる処理による非活性化に対して抵抗性があり;

(c)  トリプシンで処理したときにペプチド・フラグメントを与え、該フラグメントは反応媒体をオクチル結合シリカマトリックスHPLC四・六×二五〇mmカラム(10μの粒度)に室温において〇・〇三Mのピリジン/〇・一Mのギ酸緩衝水溶液(pH3)を用い〇・五ml/分の流速にて〇~四〇%のn―プロパノールの勾配で通過させたとき、三、四、四・二、一一・五、一二・五、一四・五、一六、一八、二〇、二一、二二・五、および二九%のn―プロパノールにおいてピークとして溶離される;

均質なタンパク質であり、

(d)  ブロックされたアミノ末端;

(e)  MDBK(牛の細胞)について約二・六×一〇の八乗単位/mgの比活性;

(f)  AG一七三二〔人系統(・・・)〕細胞について約二・六×一〇の八乗単位/mgの比活性;

(g)  ポリアクリルアミドゲルの電気泳動による約一六、五〇〇±一、〇〇〇の分子量;

(h)  一残基/分子よりも小さいアミノ糖分;

(i)  陽性の生長阻止活性;および

(j)  次のアミノ酸組成(±一五%、分子量一六、五〇〇に基づく):・・・中略・・・

を特徴とするα1と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

5  ・・・を特徴とするα2と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

6  ・・・を特徴とするβ2と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

7  ・・・を特徴とするβ3と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

8  ・・・を特徴とするγ1と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

9  ・・・を特徴とするγ2と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

10  ・・・を特徴とするγ3と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

11  ・・・を特徴とするγ4と標示される人の白血球のインターフェロンの種。

12  ・・・を特徴とするγ5と標示される人の白血球のインターフェロンの種。」

(2)  また、発明の詳細な説明中には、一〇の実施例が記載されているが、そのうち、実施例1は正常の提供者からの均質な人の白血球のインターフェロン、実施例2は慢性骨髄性白血病の患者の白血球からの均質な人の白血球のインターフェロンに関するもので、実施例3は牛の白血球のインターフェロン、実施例4は豚の白血球のインターフェロン、実施例5は羊の白血球のインターフェロン、実施例6は馬の白血球のインターフェロン、実施例7は犬の白血球のインターフェロン、実施例8はネコの白血球のインターフェロン、実施例9は霊長類の白血球のインターフェロンに関するものであった。

(二) 控訴人は、昭和五九年一一月三〇日出願審査請求すると同時に、手続補正をし、明細書の発明の詳細な説明から実施例3ないし9の部分を全文削除すると同時に、特許請求の範囲を全面補正した(乙第四四号証の二)。補正後の特許請求の範囲は一六項からなるが、いずれも「ヒトインタフェロン」に関するものに減縮された。第1項ないし第3項は、以下に記載するとおりに補正されているが、第4項ないし第12項は、分割出願当初のものと同様に、特定の分子種(ピークα1、α2、β2、β3、γ1、γ2、γ3、γ4、γ5)の個々のものにつき特許請求したものである。そして、当初の特許請求の範囲と相違する点は、各請求項の(i)の「生長阻止活性」という記載が「発育阻止活性」に訂正されたことと、末尾の「人の白血球のインターフェロンの種」という記載が「ヒト白血球インタフェロンの一種である特許請求の範囲第1項のインタフェロン」と訂正されたことである。

「(1) (a)  非インタフェロン活性タンパク質およびドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含有せず、

(b)  高速液体クロマトグラフィー(HPLC)カラム上で鋭いピークを示し、かつドデシル硫酸ナトリウム(SDS)―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)上で単一のバンドを示し、インタフェロン活性がこれらのバンドと一致する

ことを特徴とする均質なタンパク質としてのヒトインタフェロン。

(2)  インタフェロン活性がウシ細胞MDBKの場合、比活性〇・九―四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質であり、かつヒト細胞系AG一七三二の場合、比活性二×一〇の六乗―四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質である特許請求の範囲第1項のインタフェロン。

(3)  白血球インタフェロンである特許請求の範囲第2項のインタフェロン。」

(三) 右に対し、審査官は、昭和六一年三月二七日付け拒絶理由通知書(乙第四四号証の三)において、「特許請求の範囲第1項の記載は、漠然としていて、化合物が特定されていない。」、「特願昭五五-五〇〇九七四号(公表公報五六-五〇〇五三六号参照)」の引例により法二九条の二の規定により特許を受けられない、「本願の優先権の主張の基礎となっている米国特許出願第九六三、二五七号(一九七八・一一・二四)に記載されていない部分については、引例の方が出願日が先である」という拒絶理由を述べた。

(四) これに対し、控訴人は、昭和六一年一〇月一七日付け意見書(乙第四四号証の四)を提出するとともに、手続補正を行い、特許請求の範囲を全面補正した(乙第四四号証の五)。補正後の特許請求の範囲は一五項からなるが、第1項及び第2項の記載は以下のとおりであり、また、第3項ないし第11項は前記分子種(ピークα1、α2、β2、β3、γ1、γ2、γ3、γ4、γ5)の個々のものについての特許請求であり、第12項ないし第15項は補正前の第13項ないし第16項につき若干表現を改めたものである(以下に、第12項のみ示す。)。

「(1)  インタフェロン活性がウシ細胞MDBKの場合、比活性〇・九×一〇の八乗-四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質であり、かつヒト細胞系AG一七三二の場合、比活性二×一〇の六乗-四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質であることを特徴とする均質なタンパク質としてのヒト白血球インタフェロン。

(2)  陽性の発育阻害活性を有する特許請求の範囲第1項のインタフェロン。

・・・

(12)  活性成分として、非インタフェロン活性タンパク質を含まず、かつインタフェロン活性がウシ細胞MDBKの場合、比活性〇・九×一〇の八乗-四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質であり、かつヒト細胞系AG一七三二の場合、比活性二×一〇の六乗-四・〇×一〇の八乗単位/mgタンパク質であることを特徴とする均質なタンパク質としてヒト白血球インタフェロン1種以上を含有することを特徴とする抗ウイルス組成物」

(五) 右補正に対し、審査官は、昭和六二年八月四日付け拒絶理由通知書(乙第四四号証の六)において、

「1 本願発明医薬の有効成分であるインターフェロンについて、特許請求の範囲における、その特定が不充分である。

(オクチル結合シリカ、グリセリル結合シリカを用い、n―プロパノール水溶液の濃度勾配により溶出させる高速液体クロマトグラフィーによって分離・精製されたこと及びドデシル硫酸ナトリウムを含まないことでさらに特定すること。さらに、均質なタンパク質として特定する場合は、均質と判断する基準となる条件とともに記載すること。)

2 明細書第六二頁表四において、「生長阻止活性」として、表示された活性について、その測定方法を具体的に明細書中に記載すること。(翻語も適切にすること。)

3 明細書の記載中、翻訳が適切でなく、日本文が意味不明の個所があるので適切な記載とすること。

・・・中略・・・

4 本願発明医薬について、発明の詳細な項における開示内容からして、その用途表示が適切でない。(例えば、「インターフェロン感受性疾病治療剤」)

5 本願発明医薬の抗ウイルス活性について、(CPE法によるのであれば、)その測定結果を、(用いた細胞、ウイルスを特定して記載するとともに、)具体的データをもって、記載する必要がある。」

の五つの拒絶理由を述べた。

(六) これに対し、控訴人は、昭和六二年一二月八日付け意見書(乙第四四号証の七)を提出して「ヒト白血球インタフェロンの比活性は、単に純度を表わす指標ではなく、ヒト白血球インタフェロンを特定する同定値」であると述べるととともに、手続補正をし(乙第四四号証の八)、従来の特許請求の範囲第1ないし第11項を削除し、かつ、従来の特許請求の範囲第12ないし第15項を本件発明の特許公報(甲第一号証)の特許請求の範囲に記載のとおりのものとした。

(七) 以上の経過から明らかなように、本件特許権の出願当初、動物の白血球を産生細胞として得られるインターフェロンに対し、人の白血球を産生細胞として得られるインターフェロンを表示するものとして「人の白血球のインターフェロン」という呼称が使用されていたが、出願審査請求の際の補正によって、「人の白血球のインターフェロン」の特定の分子種α1、α2、β2、β3、γ1、γ2、γ3、γ4、γ5のそれぞれを表すものについて「ヒト白血球インタフェロンの一種」と表現されるようになり、そして、最終的に、本件特許権における、特定の方法で単離精製され、特定の物性を有する、特定の分子種(ピークγも含まれることになる)を一括して表すものとして「ヒト白血球インタフェロン」となったのである。

したがって、本件特許請求の範囲に記載された「ヒト白血球インタフェロン」は人の白血球を産生細胞とするインターフェロンであり、かつ、特定の方法で単離精製された特定の物性を有する特定の分子種(ピークγ、α1、α2、β2、γ1、γ2、γ4)を表現するものであることは明らかである。

2 当時の技術水準及び用語法

(一) 本件優先権主張日当時において、インターフェロンをpH2における安定性に基づいて、安定なものを「タイプI(古典的)インターフェロン」、不安定なものを「タイプII(免疫)インターフェロン」と呼称、分類する方法が採用されていた。

しかし、その一方で、「タイプIインターフェロン」に分類されるインターフェロン同士であっても、白血球、リンパ芽球様細胞及び線維芽細胞の各細胞が産生するインターフェロンにおいては、その性質、性状において有意な違いのあることが分かっていたので、「タイプIインターフェロン」については、それぞれの細胞起源を接頭辞に付けて、「白血球インターフェロン」、「リンパ芽球様細胞インターフェロン」、「線維芽細胞インターフェロン」の三種類に分類されていた。

本件明細書中に記載の「白血球型」及び「線維芽細胞型」の用語は、本件優先権主張日当時において、一部の研究者によって、抗原性の特徴を表す用語として使用されていたものにすぎない。

(二)(1)  すなわち、乙第三八号証の作成者であるカンテル博士は、インターフェロンの分野における権威者であるが、本件優先権主張日当時において、インターフェロンは、細胞起源を接頭辞に付け呼称していたこと、白血球インターフェロンは、白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味するものであり、抗原性に着目して一部の学者によって使用されていた白血球タイプ(型)のインターフェロンとは、その意味するところが異なるばかりでなく、「白血球インターフェロン」の用語は、リンパ芽球様細胞インターフェロンを包含するものではないことを明確に述べている。

(2)  一九八〇年にワイスマン博士とドローラ博士によって発表されたインターフェロンに関わる文献の総説において、「ヒトにおける古典的インターフェロン乃至タイプIインターフェロンは、三種類の重要な下位種を含んでおり、それらは細胞起源に因んで白血球インターフェロン、線維芽細胞インターフェロン、リンパ芽球細胞インターフェロンと命名されている。」と記載されている(乙第九号証)。なお、乙第九号証は、国際委員会の合意事項が公表された乙第四号証(一九八〇年七月一〇日発行)よりも四箇月後の一九八〇年一一月に発行されたものであるが、一九八〇年七月一〇日以前に原稿を完成させ、出版社に引き渡されていたことは十分にあり得ることであり、乙第九号証が国際委員会の合意事項に言及していなかったとしてもそれほど不思議なことではない。

(3)  また、ミズラヒ博士は、一九八三年にヒトインターフェロンの生産に関して概説した論文において、一九八〇年以前の旧命名法に従って、四種類の別異のインターフェロンが存在するとして、上記三種類にタイプIIのインターフェロンである免疫インターフェロンを加えた四種類のインターフェロンの存在することを明記している(乙第四一号証)。

(三)(1)  カンテル博士とその共同研究者が一九七五年に、ナマルバ細胞からのリンパ芽球様細胞インターフェロンがヒトの白血球からのインターフェロンと似通った抗原決定基を有することを初めて報告(乙第三八号証添付資料1)して以来、この知見は他のグループにより確認され、発展された。例えば、ヴィルチェック博士のグループは、一九七七年になって、ナマルバ細胞からのリンパ芽球様細胞インターフェロンがアフィニティークロマトグラフィーにより、相違する抗原性を示す二種類の成分に分離できたと報告し、それらを「Le成分」及び「F成分」と呼び、前者はヒトの白血球由来の粗なインターフェロンと、後者は粗な線維芽細胞インターフェロンと抗原的に似通っていることを示し、それぞれを白血球タイプ及び線維芽細胞タイプと呼称した(乙第三八号証添付資料2、甲第四五号証)。

(2)  しかし、一九七八年、プハラ博士は、ヒト白血球インターフェロン(Le―IF)とヒトリンパ芽球様細胞インターフェロン(Na―IF)は抗原性においても、明確に異なることを発表した(乙第三八号証添付資料5、乙第三九号証)。

(3)  一九八〇年には、ペスカ博士とレヴィー博士らは、ヒト白血球インターフェロンとナマルバ細胞からズーン博士が単離したリンパ芽球様細胞インターフェロンとは構造的に異なること、そして、右相違は、「異なる構造遺伝子が発現したか、あるいは、長期培養の間に、リンパ芽球様細胞において突然変異が安定化したことによるものであろう」と発表して、プハラ博士の報告内容が正しいことを支持するに至った(乙第三八号証添付資料7、乙第四〇号証)。

(4)  さらに、ペスカ博士は、乙第四九号証において、「抗原性はインターフェロンの分類と同定に有用ではあったが、すでに指摘されているように、構造や機能に係わる情報に依拠しない、抗原性のみによる成分の同定は重大な過誤に陥りやすい。」、「このため、抗原性とともに、産生方法、種活性プロフィール、作用機序及び細胞表面リセプターに係わる一般的な特徴がインターフェロンの同定を助ける有用にして実践可能な方法となる。ところが、インターフェロンの同定の主たるクラスの抗原性だけは決め得るとしても、これら手法のいずれをとっても、それ単独では決定的な同定とはなり得ない。」と述べて、インターフェロンの同定においては、産生方法(産生細胞と製造工程)の異同が重要な判断基準となることを強調している。

(5)  我が国におけるインターフェロン研究の草分け的存在である岸田博士も、乙第五四号証で、本件優先権主張日当時、別個の細胞はそれぞれ別個のインターフェロンを産生すると認識されていたと述べている。

3 国際委員会

(一) 一九七〇年代のある時期を過ぎて、インターフェロンが「癌の特効薬」である等と喧伝されるようになると、多くの科学者が多方面からインターフェロンの研究に参入した。研究者らはそれぞれの興味でインターフェロンを研究し、一部の科学者はそれまでの分類法を無視して勝手にインターフェロンを呼称するようになった。その一方で、インターフェロンの構造、機能は十分に解明されていなかったので、学術雑誌等に発表される各インターフェロンや多種多様の物質が果して既存のインターフェロンであるのかどうか分からないような様相を呈することとなった。

このような状況が続くことを懸念した世界保健機構と米国国立アレルギー感染症研究所は、その当時の著名なインターフェロンの研究者一二名を米国メリーランド州ベテスダに招集し、純粋に学問的な見地からインターフェロンの命名を統一するための国際委員会を開催した。

(二) 一九八〇年当時においては、前述のごとく、インターフェロンの呼称において学術文献等に若干の混乱が見られるようになる一方で、例えば、人の白血球のインターフェロン、ヒトリンパ芽球様細胞インターフェロン及びヒト線維芽細胞インターフェロンにはそれぞれ別個の抗原性を有する少なくとも二種類のインターフェロンが含まれているらしいことが判明しつつあった。そこで、国際委員会は、その当時充分解明されていなかった構造、機能の異同には基づかず、取りあえず、動物起源と抗原性の類似のみに基づいてインターフェロンを分類することに合意したのである(乙第三七号証)。

ところが、乙第四〇号証からも明らかなように、右国際委員会の開催と相前後するように、人の白血球のインターフェロンとヒトリンパ芽球様細胞インターフェロンが「特定の」アミノ酸において相違するという報告がなされたことから、両インターフェロンを単に「インターフェロン―α」と呼称、分類したのでは、まるで両者が同じものであるかのような誤解をされる可能性が出てきた。そこで、国際委員会は、このことを慮り、「抗原的に類似した挙動をするものについては、インターフェロン起源の表示が一助になることがある」(乙第三七号証訳文三頁一八行、一九行)との認識に基づき、人の白血球のインターフェロンとヒトリンパ芽球様細胞インターフェロンについては、それぞれ「HuIFN―α(Le)」、「HuIFN―α(Ly)」とインターフェロン起源(細胞起源)を併記するよう呼びかけたのである。このことは、一九八〇年当時においても、先端のインターフェロン研究者が両者を別異のものと見なしていた事実を物語っている。

(三) したがって、新命名法においても、「人の白血球のインターフェロン」は「インターフェロン―α」と同義ではなく、また、あるインターフェロン同士が同じインターフェロン―αに分類されるからといって、それらのインターフェロンが直ちに物として同じであることを意味するものではない。

4 リンパ芽球様細胞と白血球との関係

リンパ芽球様細胞インターフェロンは、白血球インターフェロンとは、抗原性においても構造的にも相違する別種のものであるとされており、BALL―1細胞は、リンパ芽球様細胞として、白血球とは全く別種の細胞であると分類されていたものである。

また、BALL―1細胞は、リンパ芽球に由来し、生体外で永久に増殖するように人為的な処理を加えて培養株化したリンパ芽球様細胞であるのに対し、白血球は、生体内であれ生体外であれ、全く増殖しない細胞である。これに対し、本件明細書中の実施例2においては、明らかに「(慢性骨髄性の白血病の患者の)血液から単離した人の白血球」を産生細胞としたと記載されており、また、一旦生体外に取り出して培養培地にうえつけても、一切の増殖を見ないものである。

5 アミノ酸組成の比較について

控訴人は、甲第五七号証の一、二において、本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」の各分子種のアミノ酸残基数が一六五又は一六六からなるとの前提に立っているが、その前提自体が誤りである。

また、本件発明のα2については、少なくとも「ASX」、「SER」及び「ALA」において、ワイスマンのいうサブタイプα2と一致せず、本件発明のγ4については、少なくとも「SER」、「PRO」、「GLY」及び「ARG」においてワイスマンのいうサブタイプα8と一致しない。

三  特許請求の範囲の記載と実施例との関係について

1  本件優先権主張日当時の技術水準ないし技術常識に従って、発明の詳細な説明を参酌しつつ、本件特許請求の範囲の意味するところを解釈すれば、本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」は、特定の産生細胞(正常な人又は慢性骨髄性の白血病患者の白血球を産生細胞とし、ニューカッスル病ウイルスを誘導物質とする。)から、特定の方法(順相および/または逆相高速液体クロマトグラフィー)で単離精製された特定の比活性及び分子量を有する特定の分子種(ピークγ、α1、α2、β2、β3、γ1、γ2、γ3、γ4、γ5)のうち、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)において単一ピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す均質なタンパク質である分子種(ピークγ、α1、α2、β2、γ1、γ2、γ4)であると解釈されるべきである。

2  すなわち、本件明細書(甲第一号証)によれば、本件発明は、正常な人の白血球及び慢性骨髄性白血病患者からの白血球を産生細胞としニューカッスル病ウイルスを誘導剤として産生させ、高速液体クロマトグラフィーを使用して、本件明細書7欄二一行ないし8欄四〇行及び実施例1(9欄二四行ないし15欄四行)に記載された具体的な条件ないし操作に基づいて、本件明細書の表1、表4及び表5に記載された各物性(比活性および分子量)を有する「均質な人の白血球のインターフェロンの種」合計一〇個を取り出したのである(8欄五行、六行及び11欄二八行ないし12欄二五行)。しかして、表4及び表5の九つの分子種の各比活性について、「この純粋なインターフェロンの種の比活性は、MDBKの牛の細胞で約〇・九~四・〇×一〇の八乗の範囲であり、そしてAG一七三二の人の細胞系統・・・で約二×一〇の六乗~四×一〇の八乗であることがわかった。」(8欄一二行ないし一六行)として、一定の数値枠の範囲内に存在するという特徴が示され、さらにそれぞれの分子量についても、「分子量は表4に見られるように約一六〇〇〇~二一〇〇〇の範囲であった。」(8欄三八行、三九行)として、一定の数値枠の範囲内に収まっているということを特徴的に示している。なお、表1のピークγの比活性は牛血清アルブミンに関して四×一〇の八乗(12欄一九行、二〇行)であり、分子量は一七五〇〇(13欄二三行)であるから、いずれも右数値枠内に収まっている。そして、このように存在を認識し、確認された合計一〇個の分子種のうち、β3、γ3、γ5を除く七つの分子種を意味する「順相および(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示すとともに、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す均質タンパク質であるヒト白血球インタフェロン」の比活性及び分子量の特徴を一括して表す方法として、特許請求の範囲に、前記数値枠が記載されているのである。

3  この点は、控訴人の出願審査過程における意見及び本件特許付与の理由を参酌しても明らかである。

(一) すなわち、控訴人の出願過程における意見等は、前記二1(一)ないし(六)に記載のとおりである。

(二) そして、審査官は、このような控訴人の本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」に関する意見を入れて、例えば乙第一二号証の四の特許異議の決定書において、「本願発明組成物は、本願明細書の記載から明らかように、従来の未精製組成物ではない、ドデシル硫酸ナトリウムおよび非インタフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないヒト白血球インタフェロン感受性疾患治療用医薬組成物であり、その有効成分であるヒト白血球インタフェロンは、特許請求の範囲において特定された要件をすべて満足するものであるから、そのサブタイプであるα1、α2等の均質なペプチドとして、その存在及び活性が認識し確認され、記載されたものを、有効成分として含有するものである」(二頁七行ないし一三行)と認定して、本件特許権を付与したものである。

4  仮に、本件発明の技術的範囲を控訴人主張のように広げてしまうと、カンテル博士らが本件優先権主張日前に、白血球を産生細胞として用い、センダイウイルスによりインターフェロンを誘導生産し、これを一〇の六乗単位/mgタンパク質にまで精製したインターフェロンや、ウィリアム・イー・スチュアート二世博士らが一九七八年に、約一五、〇〇〇又は二一、〇〇〇の分子量を有し、かつ、ウシ細胞及びヒト細胞に対する比活性が約三×一〇の八乗単位/mgタンパク質にまで精製した純粋にして均質な人の白血球のインターフェロン(乙第五〇号証(添付の甲第二五号証))をもその技術的範囲に属させてしまう結果となる。

5  なお、本件明細書中の「インターフェロンの幾つかの種が存在するが、非インターフェロン(の)活性なタンパク質が存在しないところで精製を停止し、組成物が均質なインターフェロンタンパク質の混合物であるようにすることによって、得ることができる」などということは、本件発明においては論理的にあり得ない精製法である。

四  被控訴人ら製品について

1  被控訴人ら製品

被控訴人林原研究所が製造し、被控訴人大塚製薬及び被告持田製薬に販売しているインターフェロン原液は、別紙被控訴人製品目録(三)記載のものである。

被控訴人大塚製薬が製造販売しているインターフェロン製剤は、別紙被控訴人製品目録(一)記載のものである。

被控訴人持田製薬が製造販売しているインターフェロン製剤は、別紙被控訴人製品目録(二)記載のものである。

2  産生細胞の違い

被控訴人ら製品におけるインターフェロン―αは、急性リンパ性白血病患者から採取した細胞を培養株化したヒトリンパ芽球BALL―1細胞を新生児ハムスターの体内で増殖させる方法で得られた常に均質な細胞に、センダイウイルスを誘導剤として加えてインターフェロンを誘発し、これをモノクローナル抗体で取り出すという方法で取り出された均質タンパク質である、ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来のインターフェロン―αである。

したがって、被控訴人ら製品は、そもそも産生細胞の点で本件発明の構成要件を充足しない。

3  単一ピーク、単一バンドの点

被控訴人ら製品は、高速液体クロマトグラフィーにおいて複数のピークを示すとともに、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で複数バンドを示すインターフェロンである。

また、被控訴人ら製品は、精製を完了した最終的成果物であって、複数のインターフェロンを混合したものではない。

4  OIF―1について

(一) OIF―1のアミノ糖含有量は、一分子当たり一・四残基である(乙第二七及び第三五号証)。

(二) 被控訴人ら製品中のOIF―1は、比活性、分子量の点でも、「ヒト白血球インタフェロン」のいずれの分子種とも異なる。

(三) したがって、「ヒト白血球インタフェロン」が型ないし種類を表示する用語であるか否かにかかわらず、OIF―1は、本件発明にいう「ヒト白血球インタフェロン」ではない。

(四) また、控訴人は、本件明細書中の表5のα2がワイスマンのα2ではないかと推測するが、そのように推測すべき根拠はない。

(五) なお、被控訴人らのパンフレット中には、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)の講学上の存在であるサブタイプα2、サブタイプα7及びサブタイプα8のN末端アミノ酸三〇残基配列がワイスマン博士の命名したサブタイプα2等と同じであることを表す記載が存するが、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)のサブタイプα2、サブタイプα7及びサブタイプα8の全アミノ酸配列がワイスマン博士の命名したサブタイプα2等と同じであるか否かはいまだ解明されていない。

(六) 控訴人は甲第九一号証に基づき、アミノ酸配列の比較についての主張を行っている。しかしながら、仮に甲第九一号証の実験結果が正しいとしても、右実験そのものは、本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」との比較実験ではない。また、本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」や「インターフェロン―α(ヒトリンパ球BALL―1細胞由来)」のような天然型インターフェロンにおいては、別異の産生細胞がそれぞれに同一の関連遺伝子を有していたとしても、その関連遺伝子が所与の条件下で実際に発現して同一タイプのインターフェロンを同様に分泌するとは限らず、また、仮に分泌されたとしても、そのインターフェロンは、糖鎖の有無及び糖鎖構造を含めたタンパク質構造の水準で比較すると、別異の細胞ごとに相違するのである。したがって、甲第九一号証から、被控訴人ら製品中のBALL―1細胞の産生したインターフェロンが、本件発明にいうヒト白血球インターフェロンと事実として同一である等の結論は導き出すことはできないものである。

5  アミノ糖含有量の測定方法について

(一)(1)  甲第四号証及び甲第一五号証では、甲第三号証の一ないし四で得られたOIF―1とは全く異なるドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)によるOIF―1の抽出を行っており、甲第三号証の一のOIF―1と甲第四号証及び甲第一五号証のOIF―1が同一であるとの保証がない。

(2)  甲第一五号証は、甲第四号証の加水分解条件でのアミノ糖の回収率の追加、ノイズ減算処理によるアミノ糖の定量の追加を行っているが、甲第一五号証の実験においても、6N塩酸+4%チオグリコール酸存在下、一一〇℃で二〇時間加熱という過酷な加水分解条件を採用したために、OIF―1中のアミノ糖が八〇%以上も過分解されて消失してしまうという結果を招来している。加えて、アミノ糖分析系での検出感度以下のアミノ糖の定量を行っていること、アミノ糖のピーク近傍に原因不明のピークが認められる検出系を採用していること、実験者そのものが糖タンパク質、糖化学の専門家といえないこと等の問題がある(乙第五号証)。

(3)  本件優先権主張日前に発行された文献である乙第一一号証の一、二によれば、アミノ糖分析を行う際に、アミノ糖を遊離し、かつ過分解を受けない最適条件を見いだすことが肝要であると指摘され、グルコサミンやガラクトサミンなどのヘキソサミンを定量するための加水分解条件として、通常は「4規定(N)塩酸、一〇〇℃、八時間加熱」、「3規定(N)塩酸、一〇〇℃、一五ないし一六時間加熱」等が採用されているが、その際、条件によってはヘキソサミンが相当分解されることに注意し、試料ごとにあらかじめ酸の濃度と加熱時間を変えるなどして最適条件を求めておくことが肝要であること、及び、ペプチド又はタンパク質中のアミノ酸を定量するために常用される加水分解条件(6規定(N)塩酸、一一〇℃、二二時間加熱)においては、ヘキソサミンの約五〇%が過分解されること等が明示され、周知となっている。

(4)  また、オボアルブミンの糖鎖の結合様式はN―結合型であり、被控訴人ら製品中のサブタイプα2のO―結合型とは異なっている。

(5)  さらに、甲第四号証及び甲第一五号証の分析方法は、控訴人が本件明細書と同様の分析方法であると主張する甲第八〇号証及び乙第六号証(発明後間もない時期にペスカ博士らによって行われた方法)の分析方法とも、加水分解条件及びアミノ糖の検出レベルが相違する。

(二)(1)  本件明細書からは、各分子種のアミノ糖含有量を、検出し得るアミノ糖量の下限を五〇~一〇〇ピコモルのレベルにおいて分析したところ、いずれの分析においてもアミノ糖は一分子当たり一残基未満であったこと、及びアミノ糖は加水分解された後に分離(「溶出」「ピーク」の用語から推測)されているが、その加水分解条件は、アミノ糖に割り当てられた溶出時間の近くにペプチドが溶出し、そのピークにおいてさえ一部にペプチドが含まれているようなものであるという事実しか明らかとはならず、甲第四号証の実験において採用された分析条件は、記載も示唆もされていない。また、本件明細書には、甲第八〇号証及び乙第六号証が本件明細書の方法を示すことを示唆する記載はない。

(2)  かえって、本件明細書(甲第一号証)中の「ほとんどの場合において、アミノ糖の近くに溶出される多くの小さなペブチドがこの分析を妨げた。こうして、アミノ糖に割当られたピークでさえも少なくともこの一部はペブチドによるものでありうる。」(22欄一行ないし五行)との記載によれば、小さなペプチド、すなわち個々のアミノ酸に分解する一歩手前の状態のもの、が示すように、温和な条件による加水分解がされているのである。

(三)(1)  控訴人は、乙第三号証及び乙第二七号証における分析方法は本件優先権主張日当時においてアミノ糖含有量の判定には用いられていなかったと主張するが、乙第三号証及び乙第二七号証におけるアミノ糖含有量の測定に適用された標識物質に2―アミノピリジンを用いる方法(PA化法)は、当時既に公知の技術として用いられていた(乙第六二号証)。発表者のいう大きな弱点なるものは、シアル酸に関するものであり、本件で問題となるグルコサミン及びガラクトサミンに関するものではない。

(2)  控訴人は、4Nの加水分解ではグルコサミンの位置に他の物質が溶出することがあると主張する(甲第一〇〇号証第1図)。しかしながら、右第1図で示されたクロマトグラムは、オボアルブミンを4N塩酸中、一〇〇℃で四時間ないし八時間加熱して加水分解したときに得られたものであって、OIF―1のものではない。したがって、右第1図は、分子量一九・三〇〇ダルトンを示す画分の場合に、甲第一〇〇号証の指摘するような事実が起こるという証拠にはならない。

(3)  控訴人は、分析の方法体系の違いを主張するが、乙第三号証及び乙第二七号証の測定方法においても、甲第八〇号証の測定方法と同様に、アミノ糖分析においては、塩酸の存在下でインターフェロンを加熱して加水分解し、いずれにおいても高速液体クロマトグラフィーにより分離したアミノ糖を標準アミノ糖と比較してアミノ糖含有量を判定するという方法である点において何ら変わるところはない。甲第八〇号証における測定方法と乙第三号証及び乙第二七号証における測定方法との相違は、つまるところ、フルオレスカミンで標識するか、2―アミノピリジンで標識するかという標識方法の相違にすぎない。

また、乙第三号証、乙第二七号証及び乙第七〇号証の分析方法において、被験試料をアミノ糖分析に供するものとアミノ酸分析に供するものとに分け、それぞれにつきアミノ糖分析とアミノ酸分析を別個に行っている点も、アミノ酸分析において6N塩酸を使用するのは、アミノ酸をばらばらにしてインターフェロンの分子数を産出することを目的とするものであって、甲第八七号証のアミノ酸分析の方法とその目的を共通にしており、アミノ糖分析における加水分解条件は、本件発明並びに甲第八〇号証及び乙第六号証で採用している条件と同一であり、理念の違いはない。

(4)  さらに、対照物質としてBC66/62を使用することに何ら問題はない。

(四) 甲第八七号証の分析結果には、次の問題点がある(乙第七一号証)。

(1)  オボアルブミンを6N塩酸で加水分解したときのアミノ酸回収率は、約七三%であると記載されているが、オボアルブミンを6N塩酸中、一一〇℃で一四時間加熱して加水分解したときのアミノ糖回収率は、約五三%にすぎない(乙第六七号証)。

OGS社から提供されたオボアルブミン中のN―アセチルグルコサミンの量が、一μg当たり二一三ピコモルであることは、乙第六七号証の実験から正当に導き出された数値である。甲第八七号証のアミノ糖回収率七三%は、右数値と異なるOGS社の分析報告書に報告されたN―アセチルグルコサミンの含量一mg当たり五一・〇ナノモルという数字をそのまま使用したため、実際よりかなり高い数字となったものと推定される。OGS社の測定においては、メタノリシス(無水メタノール/塩酸混液中で加水分解する方法)を用いたことが記載されているが、この方法によるときには、オボアルブミンのポリペプチド鎖に直接結合しているN―アセチルグルコサミンの一部が遊離されず、ペプチド鎖に結合したままとなっている可能性が高く、これがN―アセチルグルコサミン含量を実際よりも低めに見積もった理由であると推定される(乙第六七号証)。

(2)  乙第六七号証の図3―Aないし図3―Fの各クロマトグラム上において内部標準のラムノースの数値に高低があるのは、ラムノースが増減したからではなく、各溶液中に含まれるラムノースの比率は常に一定であるから、各高速液体クロマトグラフィーにおいて使用された溶液の量にばらつきがあったことを意味するにすぎない。

(3)  乙第六七号証の図1―Aと図3―Aが異なるのは、それぞれの処置が別個に行われたという点が挙げられる。その結果、図1―Aと図3―Aの各処置が行われたときの雰囲気の相違により、各クロマトグラムにおいて、ラムノース及びN―アセチルグルコサミンの測定には全く関係のない位置に若干異なるピークが現れているにすぎない。

(4)  4N塩酸を採用せず、過酷な条件である6N塩酸を採用した合理的理由はない。乙第七〇号証の実験結果は、4N塩酸を用いることに何の問題もないことを示している。したがって、アミノ糖の分析の考え方においては、乙第三号証、乙第二七号証及び乙第七〇号証と甲第八〇号証及び乙第六号証の分析方法は同じであり、甲第八七号証の分析方法はこれらと全く異なるものである。

(5)  オボアルブミンは、多様性があり、標準物質として難がある。

また、甲第八七号証の分析において使用された標準物質であるオボアルブミンにおいては、ガラクトサミンが検出されていない。糖タンパク質を加水分解する際、条件次第では、ガラクトサミンはグルコサミンより過分解しやすいものである。ガラクトサミンの回収率を測定するために、ガラクトサミンを有しない標準物質を用いることは実験方法として正しくない。また、OIF―1に相当する面分が有する一分子当たり一・四残基のアミノ糖のうち、そのほぼ二割はグルコサミンであり(乙第二七号証)、「OIF―1」には、グルコサミンがないとの控訴人の主張は、事実と相違する。

(五) 仮に、控訴人が主張するフルオレスカミンを標準物質として採用し、甲第八〇号証及び乙第六号証に記載された方法に基づき、OIF―1のアミノ糖含有量の測定しても、アミノ糖としてガラクトサミンとグルコサミンを有しており、全体としてのアミノ糖含有量は、一分子当たり一・三五残基である(乙第七〇号証)。

乙第七〇号証の図2―A及び図2―B並びに図3―Aないし図3―Eの標準アミノ糖溶液のクロマトグラムにおいて、グルコサミンに相当するピークにそれぞれこぶが見られることは、控訴人指摘のとおりであるが、標準アミノ糖溶液に含まれるグルコサミンが極めて高純度であることに加え、本来的にインターフェロン由来のペプチド断片が存在しない標準アミノ糖溶液の図3―Aないし図3―Eに示すクロマトグラムのグルコサミンのピークにこぶが存在するということは、このこぶが不純物でないことを示している。したがって、右クロマトグラムにおけるグルコサミンの中心のピーク及びこぶはともにグルコサミンとして一括して数値計算されるべきものである。グルコサミンのような分子内にアルデヒド基を有する還元性糖質においては、「α―アノマー」及び「β―アノマー」と呼ばれる二種類の異性体が存在する。乙第七〇号証の測定において、溶媒及び高速液体クロマトグラフィーに用いたカラム等の関係で、たまたまその一方がこぶとなって現れたものと思われる。

6  サブタイプα8について

(一)(1)  被控訴人ら製品中のサブタイプα8の分子量は、約二四、四〇〇である(乙第二号証及び乙第五九号証)。

(2)  なお、控訴人は、サブタイプα8の分子量の測定につき、アミノ酸配列による決定法等も用いている。しかし、比較しようとする二つのものの分子量を測定する場合には、同じ測定方法を用いなければ意味がないばかりか、正しい比較ができないものである。

(3)  また、控訴人は、甲第五八号証の一、二による測定結果につき、誤差は±五〇〇であるとするが、どのような理由から測定誤差を±五〇〇に縮小したのか不明である。

(二) 控訴人の主張する七・〇七×一〇の八乗単位/mgタンパク質という、サブタイプα8のヒト細胞AG一七三二における比活性の測定結果(甲第六一号証)に誤差±五〇%を加味する根拠はない。

控訴人は、特許請求の範囲の数値にも±五〇%の誤差が認められるべきである旨主張するが、この主張は、特許法七〇条一項の規定を無視した暴論である。

(三) サブタイプα8は、アミノ糖含有量の点でも、「ヒト白血球インタフェロン」のいずれの分子種とも異なる。

(四) したがって、「ヒト白血球インタフェロン」が型ないし種類を表示する用語であるか否かにかかわらず、被控訴人ら製品中のサブタイプα8は、本件発明にいう「ヒト白血球インタフェロン」ではない。

(五) また、控訴人は、本件明細書中の表5のγ4かβ3がワイスマンのα8ではないかと推測するが、甲第五七号証の二の添付された参考資料の図面からは、本件明細書の実施例にいうピークγ4はワイスマンの分類したサブタイプα8に該当しないことは明らかであり、また、本件明細書の実施例にいうβ3は「表4」の脚注に二つの帯を示すことが明記されており、そもそも本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」には該当せず、無関係なものである。

(六) 控訴人は、控訴審に至って、サブタイプα8について審理を求めてきた。しかし、控訴人の請求は許されるべきではない。

(1)  まず、訴えの変更に該当し、許されない。

控訴人が原審で審理を求めていたのは、サブタイプα2の下位種であるOIF―1であった。したがって、サブタイプα8の追加は、訴えの変更に当たるところ、訴えの変更の要件を充足していない。

(2)  控訴人は、原審において訴えの一部取下げを行っている。すなわち、訴状において審理の対象とされた被控訴人ら製品中の分子種の分子量は一六、〇〇〇±一、〇〇〇~二一、〇〇〇±一、〇〇〇の範囲にあるインターフェロンを含有するものであったが、その後、審理の対象はサブタイプα2の下位種であるOIF―1に限定されてしまった。

一度取り下げられた訴訟はこれを復活させることはできない。

(3)  原審におけるサブタイプα8の審理拒否の理由は、控訴人自身サブタイプα8につき、本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」の各分子種とは相違し、本件発明の技術的範囲に属さないと判断したことにある。これは間接的にではあるが、不利益な事実を自白したことになる。したがって、控訴人がサブタイプα8について審理を求め、原審における主張と相反する主張をすることは、自白の撤回に該当し、許されない。

(4)  仮に、サブタイプα8の追加が攻撃方法の追加にしかすぎないとしても、時機に遅れた攻撃防御方法として違法なものである。

7  分子量の測定について

(一) 控訴人は、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)において、ポリアクリルアミドゲル濃度を一五%から一二・五%に変えたところ、分子量の測定値がが変わったと主張する。

(1)  しかしながら、甲第五八号証の二では、ファーガソン・プロットが一点に収束しておらず、甲第八八号証においても、「図4」として添付されたファーガソン・プロットをみると、ゲル濃度〇%付近で一点に収斂しておらず、少なくとも本来一点に収斂すべき分子量マーカー群でさえ、そうなっていない。ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)による分子量測定は、被検タンパク質及び分子量マーカー群のそれぞれのファーガソン・プロットが、ゲル濃度〇%付近において、相対易動度を表す縦軸の一点に収斂するという原理に基づくものであり、これを大前提としている(乙第六三号証の一)。甲第五八号証の二及び甲第八八号証に示されたファーガソン・プロットが一点に収斂していないということは、甲第五八号証の二及び甲第八八号証における測定がドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)による分子量測定の原理にもとる不適切なやり方のものであることを意味している。

(2)  被控訴人の追試実験によれば、ゲルの濃度を一二・五%にしても一五%にしても、測定結果は同じであり、サブタイプα2における特定の画分の分子量は約一九、〇〇〇、サブタイプα8の分子量は約二四、五〇〇であることに変更はない(乙第五九号証)。第三者機関である大阪市立工業研究所による分子量の測定結果(乙第六〇号証)との間にもほとんど差異がない。

さらに、被控訴人は、ゲル濃度を変えながら、被検タンパク質としてのサブタイプα8と特定の分子量マーカー群のSDS―PAGEにおける易動度を測定し、その易動度に基づきファーガソン・プロットを作成した(乙第六八号証)。乙第六八号証の図10から明らかなように、乙第五九及び第六〇号証において分子量マーカーとして用いたウシ血清アルブミン、オボアルブミン、キモトリプシノーゲンA及びチトクロームCのファーガソン・プロットは、相対易動度を表す縦軸のほぼ一点に収斂している。しかも、当該サブタイプα8はゲル濃度一二%ないし一七%において、約二四、五〇〇ダルトンという終始一貫した分子量を示している。このように、乙第五九及び第六〇号証の測定は、特定の分子量マーカー群のファーガソン・プロットが一点に収斂する条件でなされたものであり、信用に値する。

(二) 本件明細書には、還元剤存在下におけるドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動法が採用されていることは明記されているが、ゲル濃度の記載は一切ない。したがって、一二・五%のゲル濃度が発明者の採用した測定条件となるとの理由は不明である。

(三) 控訴人は、泳動バッファー(電極槽緩衝液)の組成の違いにより測定結果が変動する旨主張するが、仮にそのような現象があったとすれば、それは測定の不正確さによるものである。

(四) ファーガソン・プロットの収斂の仕方は四種類に大別されるが、乙第六三号証の一の参考資料4は、ファーガソン・プロットの収斂の仕方がタンパク質の種類によって四種類に大別されると述べるだけであって、同一のタンパク質が測定する度に別異の仕方で収斂すると述べているものではない。

(五) 控訴人は、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)による分子量測定は測定精度がきわめて低い旨主張する。

(1)  しかしながら、被控訴人らによる分子量の測定結果(乙第五九号証)と第三者機関である大阪市立工業研究所による分子量の測定結果(乙第六〇号証)との間にはほとんど差異がないものであり、このことは、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)の信頼性の高さを表している。

(2)  また、本件特許権においては、「ヒト白血球インタフェロン」の各分子種の測定をドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)に基づいて行い、それを構成要件の一つとして規定している以上、被控訴人ら製品中のサブタイプを同じくドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)に基づいて行い、本件発明の各分子種の分子量と対比することは、何ら不都合はないばかりか、むしろ、そうせざるを得ないというべきである。

8  「ドデシル硫酸ナトリウムおよび非インタフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まない」との要件について

被控訴人ら製品には、人血清アルブミンが含まれている。人血清アルブミンは非インターフェロン活性タンパク質の典型的なものである。

また、被控訴人ら製品には、塩化ナトリウムとリン酸緩衝剤が含まれている。

したがって、被控訴人ら製品は、「ドデシル硫酸ナトリウムおよび非インタフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まない」との要件を充足しない。

9  アミノ糖含有量と均等の点について

(一) ある分子量の画分がアミノ糖分を一分子当たり一残基以上有しているということは、同画分に含まれるインターフェロンには糖鎖が結合していることを意味している。アミノ糖は糖付加(グリコシレーション)の起点であり、その先には糖鎖が伸長している。つまり、インターフェロン一分子当たりのアミノ糖分が一残基未満であるか一残基以上であるかという違いは、ひっきょう、そのインターフェロンが糖鎖を有しているかいないかという違いに帰着する。

(二) ところで、本件優先権主張日当時、インターフェロンが糖たんぱく質であることは既に多くの科学者が指摘していたところであるが、インターフェロンの生理活性の発現における糖鎖の役割はほとんど解明されていなかった。インターフェロンにおける糖鎖の役割が注目されるようになったのは、組換え型インターフェロンの長期連用に伴う患者体内における抗体産生が指摘されだした比較的最近のことである。そして、今では、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)を始めとするヒトリンパ芽球様細胞インターフェロンにあっては、糖鎖は生理活性の発現に極めて重要な役割を果たすことが判明している(乙第五一号証)。

すなわち、ペプチドとして「均質」であり、かつ「非糖鎖型単純蛋白質」は、「第一世代のバイオ医薬品」と分類される。生産宿主細胞として大腸菌を用いる組換えDNA技術により製造される組換え型ヒトインターフェロン―αはその一つである。このようにして得られたタンパク質はペプチドとして「均質」ではあっても、生産宿主細胞である大腸菌がペプチドに糖鎖付加(グリコシレーション)する機能を本来的に欠いていることから、本質的に糖鎖を有しない。その後、組換え型DNA技術を利用して大腸菌に産生させた「非糖鎖型単純蛋白質」が期待されたような生理活性作用を示さず、また、その長期連用に伴う患者体内における抗体産生の問題などがきっかけとなり、生理活性糖蛋白質における糖鎖の役割が改めて見直されるようになった。

そして、ある種の生理活性蛋白質にあっては糖鎖が極めて重要な役割を果たしており、糖鎖が欠失して生理活性を全く発現しないようなものが出現するようになると、分子内に糖鎖を有する生理活性蛋白質を開発しようとする機運が高まり、糖鎖の機能を本来的に有する生産宿主、すなわち、酵母や動物細胞などの天然産生株に目が向けられるようになった。かかる生産宿主における糖鎖付加(グリコシレーション)は必ずしも一様ではないので、その産生する生理活性糖蛋白質は必然的に糖鎖構造の不均一な「グリコフォーム」を含むこととなり、ポリペプチドとしての「均質性」に「ファジーさ」が生じることとなった。かかる生産宿主の典型がナマルバ細胞であり、BALL―1細胞であって、それら生産宿主を用いる代表的な「第二世代のバイオ医薬品」がナマルバ細胞インターフェロンであり、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)である。

(三) 乙第五三号証(グィド・アントネッリら「ジャーナル・オブ・インフェクシャス・ディシージーズ」第一六三巻八八二頁ないし八八五頁(一九九一年))には、「第一世代のバイオ医薬」である組換え型ヒトインターフェロン―αと比較して、分子内に糖鎖を有する「第二世代のバイオ医薬」であるヒトリンパ芽球様細胞由来のインターフェロン―αは長期連用の妨げとなる患者体内の抗体産生の著しく少ないことが報告されており、しかも、その原因はインターフェロン―αにおける糖鎖であるとしている。

乙第五五号証(中村忍ら「新薬と臨床」第四三巻第五号一〇一五頁ないし一〇一九頁(一九九四年))には、「第二世代のバイオ医薬品」であるリンパ芽球様細胞インターフェロンが抗体産生において「第一世代のバイオ医薬品」である組換え型インターフェロン―α2aより有意に優れている原因として、後者のインターフェロンが糖鎖を有しない単一のペプチドからなる点と、前者のインターフェロンが多数のサブタイプ(亜型)からなる点を指摘している。

(四) これに対し、控訴人の提出する甲第七八号証に記載する実験は、リスザルを用いた動物実験であり、実際の患者を対象とした臨床実験ではない。甲第七七号証に記載する実験は、試験管内の抗ウイルス実験であって、動物実験ですらない。甲第七四号証に記載する研究においては、効果、副作用の比較は、試験管内あるいは動物実験による効果及び副作用の比較であって、臨床実験の場における比較ではなく、また、遺伝子組換え型の人の白血球のインターフェロンとヒトリンパ芽球様細胞インターフェロンの効果、副作用の比較でもない。甲第七九号証は、表8でいう「天然型IFNα」の症例がヒトリンパ芽球様細胞IFN―αのような糖鎖を有するものに関する症例なのか否か明らかでない上、遺伝子組換え型IFN―α2a及びIFN―α2bを使用した症例は「天然型IFNα」の症例数に比較して極めて少なく、また、完全寛解の症例は一例も存在しないことを示しており、効果、副作用に何ら差がないことを示す根拠とはなし得ない。

(五) 以上のとおり、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)は、講学上の存在としては認知されるサブタイプα2、サブタイプα8の未分離組成物であり、しかも、その主成分であるサブタイプα2は糖鎖を有する、不均質なペプチド(糖蛋白質)からなるものである。そして、右サブタイプα2は、一分子当たり一残基以上含まれている糖鎖伸長の起点としてのアミノ糖とそのアミノ糖を起点に伸長する糖鎖をもって医薬成分としての効果、効能を奏しているものである。

(六) 控訴人は、現在世界的規模において糖の全くない遺伝子組換えによるインターフェロン―αがリンパ芽球を利用した天然のものより多く使用されており、糖鎖が薬効に関係があるならば、そのようなことはあり得ない旨主張するが、この主張は、市場における販売シェアの大きさのみをもってインターフェロンにおける糖鎖の意義を否定しようとするものであって、理由のないことは明らかである。

(七) そうすると、本件優先権主張日当時の技術水準に基づく物としての別異性と、被控訴人ら製品におけるインターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)の独特の効果にかんがみ、被控訴人ら製品は、少なくとも置換されるべき要素のもつ作用効果の同一性(置換可能性)と、置換についての容易推考性(置換容易性)という均等論成立のための二要件を明らかに欠いている。この点は、非実質性という要件により均等を判断しても同様である。

第五証拠<省略>

理由

一  書証の成立についての判断

甲号証の成立(写しについては、原本の存在も)については、当事者間に争いがない。

乙号証の成立(写しについては、原本の存在も)については、乙第二七号証、第二九号証、第三六号証の三、第七〇号証及び第七一号証を除き、当事者間に争いがなく、右掲記の乙第二七号証、第二九号証、第三六号証の三、第七〇号証及び第七一号証については、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める(乙第三六号証の三については、原本の存在も認める。)。

二  本件発明の構成要件等

請求の原因一(当事者)及び二1(本件特許権)は、当事者間に争いがない。

そして、本件発明の構成要件を分説すると、請求の原因二2のとおりとなると認められる。

三  本件発明における「ヒト白血球インタフェロン」の意味について

1  控訴人は、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」は、ヒトの白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味するものではなく、インターフェロンの型ないし種類を意味し、現在ではインターフェロン―αと同義である旨主張する。

(一)  甲第三九号証(一九九三年八月九日付けアンフィンゼン博士宣誓供述書)、甲第四三号証(宗川吉汪「インターフェロン研究の現状と課題」)、甲第四六号証(米国国立衛生研究所からのニュース)、甲第五二号証(長田重一博士意見書)及び甲第五三号証(宗川吉汪教授意見書)によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  一九五七年、アイザックスとリンデマンは、ウイルス干渉現象の原因因子としてインターフェロンを報告した。すなわち、ニワトリ漿尿膜に加熱ウイルスを加えて保温すると、ウイルス干渉作用を有する因子が遊離することを見いだし、その因子をインターフェロンと命名した。このように、当初インターフェロンという名称は、ある特定の物質を想定しつつ機能的に定義されたものである。

(2)  その後の研究によって、ウイルスあるいは二本鎖RNAによって誘導されるインターフェロンはpH2に安定なタンパク因子であることが明らかになってきた。ところが、ある種のリンパ球(後にT細胞と判明)をマイトゲンあるいは抗原で刺激すると、インターフェロン活性を有するタンパク因子の生産が認められたが、そのものはpH2に不安定であり、明らかに前者とは異なる因子であった。そこで、ヤングナーとサリバンは、一九七三年、前者をI型インターフェロン、後者をII型インターフェロンと名付けた。II型のそれは、また、免疫インターフェロンともいわれた。ここに明らかに性質の異なる二種のインターフェロンの存在が判明した。

(3)  一九七五年、ハベルらは、ヒト白血球の生産するインターフェロンとヒト線維芽細胞の生産するそれが互いに抗原的に異なることを報告した。これは、これら二者が異なる構造を有するタンパク分子であることを示している。そこでヒト白血球の生産するインターフェロンをヒト白血球インターフェロン、ヒト線維芽細胞の生産するインターフェロンをヒト線維芽細胞インターフェロンと区別されるようになった。こうしてヒト白血球インターフェロンとヒト線維芽細胞インターフェロンは、インターフェロン生産細胞を表すと同時に、インターフェロン分子型を表すようになった。

(4)  一九七七年、キャバリエリらは、インターフェロンを生産しているヒト線維芽細胞(FS―4細胞)及びヒトリンパ芽球(ナマルバ細胞)から、それぞれmRNAを調製し、アフリカツメガエル卵母細胞に注入してそれぞれ翻訳させた。そして、その翻訳生成物の抗原特異性を調べ、線維芽細胞は、線維芽細胞インターフェロンをコードするmRNAを発現し、また、リンパ芽球は、白血球インターフェロンと線維芽細胞インターフェロンとを生じるmRNAの混合物を発現することを確認した。この実験から、著者らは、リンパ芽球が白血球インターフェロンと線維芽細胞インターフェロンとの二種類のタイプのインターフェロンを生産するものと結論付けた。

さらに、ハベルらは、ヒトリンパ芽球(ナマルバ細胞)が生産するインターフェロンを分析して、この単一種の細胞は主に白血球インターフェロンを生産するが、少量(一三%)の線維芽細胞インターフェロンも同時に生産していること、及びヒト線維芽細胞は主に線維芽細胞インターフェロンを生産するが、白血球インターフェロン産生能も有していることを報告した。

(5)  したがって、本件優先権主張日当時、ヒトインターフェロンとして三種類のインターフェロン、すなわち、白血球インターフェロン、線維芽細胞インターフェロン及び免疫インターフェロンがあると認識されていた。

(二)(1)  また、乙第三七号証(ネイチャー誌「インターフェロンの命名法」)、甲第五〇号証(川出由己「インタフェロン分子の性状」)、甲第五四号証(一九九四年九月八日付けアンフィンゼン博士宣誓供述書)、甲第五五号証(一九九四年八月三〇日付けヴェルチェック博士宣誓供述書)及び甲第五六号証(一九九四年九月一六日付けフリードマン博士宣誓供述書)によれば、一九八〇年三月に開催されたインターフェロンの分類、命名に関する国際委員会は、生産細胞の名前で分子種を示すのが不都合になった等の理由により、ヒトインターフェロン及びマウスインターフェロンについて、抗原性に基づいて分類し、ヒトインターフェロンについては、従来白血球型(Le)と呼ばれていたものをIFN―α、線維芽細胞型(F)と呼ばれていたものをIFN―β、II型(免疫)と呼ばれていたものをIFN―γと呼称することを提案し、また、ヒトインターフェロン―αについては、白血球由来とナマルバ細胞由来との間で若干アミノ酸配列に差異が認められるので、それぞれを区別してHuIFN―α(Le)及びHuIFN―α(Ly)と記されることになったことが認められる。

(2) なお、乙第四一号証(ミズラヒ博士「ヒトインターフェロンの生産―一概説」)の表1には、インターフェロン―αの旧命名法の一つとしてリンパ芽球様細胞インターフェロンが挙げられているが、この表は、前記乙第三七号証に掲げられた表とは異なるし、また、新命名法の箇所でHuIFN―α(Le)及びHuIFN―α(Ly)を記載したことに対応するものであるから、右表1の記載は、前記認定を左右するものではない。

(三)(1)  以上に認定の事実に加え、甲第五五号証(一九九四年八月三〇日付けヴェルチェック博士宣誓供述書)、甲第五六号証(一九九四年九月一六日付けフリードマン博士宣誓供述書)及び甲第八一号証(一九九五年六月一三日付けフリードマン博士宣誓供述書)によれば、本件優先権主張日当時、ヒト白血球インターフェロンないし白血球インターフェロンという用語は、白血球インターフェロン調製物と白血球タイプ―インターフェロンタンパク質という両方の意味を持っていたが、どちらの意味を有するかは、タイプの意味であることを明言する方法(例えば、「白血球IF型」(甲第四一号証九九頁一行)、「two types of interferon」(甲第四五号証三二八九頁右欄末行)、「″Leukocyte″(Le)」(甲第四七号証三三〇頁左欄本文一行)、「two species of human interferon」(甲第五一号証四四六頁本文左欄二三行))等により読む者にとって明らかであったが、そうでない場合も、読む者が文脈の中で的確な意味を決めていたことが認められる。

(2) 右認定に反する乙第九号証(R・ワイスマン博士ら「インターフェロン・・展望」)、乙第一九号証(一九九二年九月二八日付けカンテル博士宣誓供述書)、乙第二〇号証の一(一九九二年一〇月一五日付けシャニー博士宣誓供述書)、乙第三三号証(一九九三年一一月三〇日付けカンテル博士宣誓供述書)、乙第三四号証(一九九三年一一月二六日付けシャニー博士宣誓供述書)及び乙第三八号証(一九九五年一月一〇日付けカンテル博士宣誓供述書)の各一部は、右摘示の証拠に照らし採用できないし、乙第四一号証(ミズラヒ博士「ヒトインターフェロンの生産―一概説」)中のインターフェロン種類が五つあったとの記載も、同論文はインターフェロンの生産に関するものであるから、産生細胞を意味する文脈中での記載と認められ、右認定と矛盾するものではない。

(3) そこで、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」が産生細胞を意味するか、それとも抗原性に基づいた型ないし種類を意味するかについて、発明の詳細な説明中の記載や出願の経過等を参酌して検討することとする。

2(一)  まず、本件明細書の発明の詳細な説明の記載について検討すると、甲第一号証によれば、本件明細書中の発明の詳細な説明における記載からは、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」はヒトの白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味していると認められ、「ヒト白血球インタフェロン」が抗原性に基づいた型ないし種類を意味することをうかがわせる記載はない。すなわち、

(1)  発明の詳細な説明中には、「ヒト白血球インタフェロン」の意味を定義する記載はない上、本件発明の意義について、「本発明の医薬組成物におけるヒト白血球インタフェロンは、この医薬として重要な物質の化学的特性づけを初めて可能にする純すいなインタフェロンを十分な量で提供する新規製造方法により得られた。本発明の組成物におけるインターフェロンの化学的特性づけを可能にしたことは、この物質の開発における有意な進歩を表わす。」(本件明細書5欄六行ないし一二行)と記載され、また、精製方法や得られたインターフェロンの性質について、「このようにして、人の白血球のインターフェロンの3つの別々の形態(α、βおよびγ)の各々は均質なタンパク質を表わす別々の鋭いピークに分割することができる。」(同7欄三五行ないし三八行)、「人の白血球のインターフェロンの精製法の特定の態様において、・・・そして微量のn―ヘキサンを工程Cへ進む前に水相から除去する。」(同7欄末行ないし8欄四行)、「この新規方法により得られる均質な人の白血球のインターフェロンの種の各々は、前述のHPLCカラム上の鋭いピークと、2―メルカプトエタノールの存在下のドデシル硫酸ナトリウム(NaDodSO4)ポリアクリルアミドゲル電気泳動上の単一の狭い帯とを示した。このゲルを抽出すると、タンパク質帯と一致する抗ウイルス活性の単一の鋭いピークが得られた。」(同8欄五行ないし一二行)と記載され、実施例1として「正常の提供者(donor)からの均質な人の白血球のインターフェロン」が、実施例2として「白血病の患者の白血球からの均質な人の白血球のインターフェロン」が記載されている。

(2)  控訴人は、本件明細書の実施例2は慢性骨髄性白血病患者から得られた病的な細胞によって産生されたインターフェロンであること等を根拠に(甲第五四ないし第五六号証及び甲第六二号証)、本件明細書の「ヒト白血球インタフェロン」は型ないし種類を意味すると主張する。

しかしながら、産生細胞としての白血球インターフェロンの典型が正常な血液のバッフィ・コートを由来とするものであるとしても、実施例2のものは、悪性細胞ではあっても骨髄芽球(甲第六二号証訳文四頁)から得られたものであり、永久増殖のために培養株化されたとの記載はないから、産生細胞としての白血球インターフェロンに含まれないとまで認めることはできない(乙第一九号証(一九九二年九月二八日付けカンテル博士宣誓供述書)訳文五頁、七頁、乙第二〇号証の一(一九九二年一〇月一五日付けシャニー博士宣誓供述書)訳文四頁、五頁、乙第三三号証(一九九三年一一月三〇日付けカンテル博士宣誓供述書)訳文四頁、五頁、乙第三四号証(一九九三年一一月二六日付けシャニー博士宣誓供述書)訳文三頁、四頁参照)。よって、この点の控訴人の主張は採用できない。

(3)  また、控訴人は、本件明細書(甲第一号証)中で、実施例又はそれと同様の実施の態様の説明の箇所において「人の白血球のインターフェロン」との表現が使用されていることは、特許請求の範囲における「ヒト白血球インタフェロン」がインターフェロンの型を示すために使い分けされていることを示すものである旨主張する。しかしながら、前記のとおり「ヒト白血球インタフェロン」について定義する記載がないまま控訴人主張のように解することはできない。

さらに、控訴人は、本件明細書(甲第一号証)には、「全世界の研究者達はインターフェロンをそれが白血球型であろうとまた線維芽細胞型であろうと、・・・単離しようとしたが、不成功に終った」(2欄下2行ないし3欄四行)と型をうかがわせる記載が存在すると主張する。しかしながら、「ヒト白血球インタフェロン」が産生細胞を意味することも型ないし種類を意味することもあったことは前記のとおりであるから、本件明細書で明らかに型を示す使用例があるからといって、そのことから直ちに本件特許請求の範囲における「ヒト白血球インタフェロン」が型ないし種類を意味することにはならない。

他に型ないし種類であることを示唆する記載はない。

(二)(1)  次に、本件特許権の出願経過等について検討すると、乙第四四号証の一ないし八(出願関係書類)によれば、被控訴人らの主張二1(一)ないし(六)の事実(分割出願後の経過)が認められる。

(2) 右事実によれば、本件特許権の分割出願当初、動物の白血球を産生細胞として得られるインターフェロンに対し、人の白血球を産生細胞として得られるインターフェロンを表示するものとして「人の白血球のインターフェロン」という呼称が使用されていたものであり、出願審査請求の際の手続補正(乙第四四号証の二)によって「ヒト白血球インタフェロンの1種」と表現されるようになったが、それは、右に述べたように「人の白血球のインターフェロン」という呼称が動物の白血球を産生細胞として得られるインターフェロンに対して人の白血球を産生細胞として得られるインターフェロンを表示するものとして使用されていたことに照らすと、人の白血球を産生細胞とするインターフェロンを表すものとして採用されたものであり、同様に、最終の手続補正(乙第四四号証の八)における「ヒト白血球インタフェロン」との表現も、人の白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味するものであると認められる。

(三)  したがって、本件特許請求の範囲に記載された「ヒト白血球インタフェロン」は人の白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味するものであり、これに反する控訴人の主張は採用できない。

3(一)  被控訴人ら製品中のインターフェロン―αの産生細胞がヒトリンパ芽球BALL―1細胞であることにつき、控訴人は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

(二)  「ヒト白血球インタフェロン」をヒトの白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味すると解した場合に、リンパ芽球様細胞であるBALL―1細胞が右「白血球」に含まれるか否かについて検討する。

(1)  乙第一号証(飯塚雅彦「インターフェロンの量産の現状と問題点」)、乙第二四号証(黒木登志夫「培養細胞の特性」)、乙第三八号証(一九九五年一月一〇日付けカンテル博士宣誓供述書)、甲第二九号証(谷本忠雄「ハムスターで増殖させたヒト白血病細胞(BALL―1)でのインターフェロン産生とその精製」)及び甲第四一ないし第五六号証(小林茂保博士「増補版インターフェロン―基礎研究から臨床応用への展望」等)によれば、本件優先権主張日当時、BALL―1細胞は、リンパ芽球細胞として、白血球とは別種の細胞であると分類されており、産生細胞として「白血球」といった場合に、リンパ芽球細胞であるBALL―1細胞は含まれないことが認められる。

甲第三九号証(一九九三年八月九日付けアンフィンゼン博士宣誓供述書)には、リンパ芽球様細胞が本質的に白血球であると理解され、またリンパ芽球様細胞が実際に白血球インターフェロンを産生することが知られていたから、「ヒト白血球インターフェロン」は「ヒトリンパ芽球様インターフェロン」を包含するものと認識されていた旨の記載部分があるが、右に説示したところに照らし、採用できない。

(2)  控訴人は、BALL―1細胞は、Bリンパ球由来であり、Bリンパ球は白血球であるから、「白血球」に含まれる旨主張する。しかしながら、ここでの問題は、当時の用語法としてリンパ芽球が産生細胞としての「白血球」に含まれていたかであるところ、当時の産生細胞についての用語法において、リンパ芽球細胞は「白血球」とは別種の細胞であると分類されていたことは前記認定のとおりであるから、この点の控訴人の主張は採用できない。

また、本件明細書中の実施例2が白血球を産生細胞とすると解すべきことは、前記2(一)(2) に説示したとおりである。

4  次に、本件特許請求の範囲記載の「ヒト白血球インタフェロン」がヒトの白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味すると解する結果、ヒト白血球以外を産生細胞とするインターフェロンは本件発明の技術的範囲から当然除外されることとなるか否かについて検討する。

まず、本件発明は、医薬組成物の発明として新規な化学物質に係る用途発明に当たると認められるが、右用途発明に用いられる新規な化学物質の特定の問題自体は、化学物質特許における物の特定の問題と同じであると考えられる。

そして、一般に、特許請求の範囲が生産方法によって特定された物であっても、対象とされる物が特許を受けられるものである場合には、特許の対象は飽くまで生産方法によって特定された物であると解することが発明の保護の観点から適切であり、本件において、特定の生産方法によって生産された物に限定して解釈すべき事情もうかがわれないから、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」は、産生細胞たる「ヒト白血球」から得られたものに限らず、他の細胞から得られたものであっても、物として同一である限り、その技術的範囲に含むものというべきである。このように解することは、特許請求の範囲の記載要領につき、「(1)  化学物質は特定されて記載されていなければならない。化学物質を特定するにあたっては、化合物名又は化学構造式によって表示することを原則とする。化合物名又は化学構造式で特定することができないときは、物理的又は化学的性質によって特定できる場合に限り、これら性質によって特定することができる。また、化合物名、化学構造式又は性質のみで十分特定できないときは、更に製造方法を加えることによって特定できる場合に限り、特定手段の一部として製造方法を示してもよい。ただし、製造方法のみによる特定は認めない。」と定めている特許庁の「物質特許制度及び多項制に関する運用基準(昭和五〇年一〇月)」の趣旨とも合致するものである。

これに反する被控訴人らの主張は採用できない。

以下、右の観点から、物として同一であるか否かについて検討する。

四  OIF―1のアミノ糖含有量について

1  甲第三号証の一ないし四によれば、被控訴人大塚製薬が販売している「オーアイエフ五〇〇万IU」から、セファデックスを用いたゲルろ過のカラムクムマトグラフィー、次にインターフェロン―αに特異的に反応するモノクローン抗体を用いて賦形剤として添加されている人血清アルブミンを除去し、得られた標品をモノQカラムを用いたFPLC(高速プロテイン液体クロマトグラフィー)に供すると、甲第三号証の三の図3にピーク2として表示されたピークが得られるが、このピークはドデジル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示し、かつ逆相高速液体クロマトグラフィーで単一ピークを示すことが認められる。控訴人は、これを「OIF―1」と命名したものである。

2  被控訴人ら製品中のOIF―1のアミノ糖含有量について検討する。

控訴人は、アミノ糖含有量が一分子当たり一残基未満であることの証拠として甲第四号証、甲第一五号証及び甲第八七号証を提出する。

(一)(1)  甲第四号証及び甲第一五号証によれば、それらの分析結果は、6N塩酸+4%チオグリコール酸存在下、一一〇℃で二〇時間加熱という加水分解条件を採用したために、加水分解後の回収率は二六%(甲第一五号証八頁最終行)というものである。

(2) しかしながら、乙第五号証(池中徳治博士鑑定書)、乙第一一号証の一、二(瀬野信子ら「液体クロマトグラフィー」、瀬野信子ら「定量実験法」)及び乙第三五号証(木幡陽博士鑑定書)によれば、本件優先権主張日当時、既に、糖の分析のためには、各試料について成分糖がすべて遊離され、かつ余り分解されない最適条件を見いだすことが重要であることが知られていたことが認められる。

(3) 甲第一号証(21欄四〇行ないし22欄一一行)によれば、本件明細書に記載されているアミノ糖分析の方法は、「精製した人の白血球のインターフェロンの種を、アミノ糖を五〇~一〇〇ピコモルのレベルで同定できるアミノ糖分析に付した。すべての場合において、グルコースアミンおよびガラクトース/マンノースアミンは一残基/分子より小であった。ほとんどの場合において、アミノ糖の近くに溶出される多くの小さなペプチドがこの分析を妨げた。こうして、アミノ糖に割当られたピークでさえも少なくともこの一部はペプチドによるものでありうる。」と記載されていることが認められる。この記載からは、本件明細書で採用された分析方法は、アミノ糖とアミノ酸を同時に加水分解するものであるが、その加水分解条件は、前記甲第四号証及び甲第一五号証記載の分析方法のように糖の分解を生ずる6N塩酸を使用する等の過酷な条件のものではなかったことが認められる。

(4) さらに、甲第八〇号証及び乙第六号証(ペスカ博士ら「ヒト白血球インターフェロンの若干の種類は糖が結合している」)によれば、一九八四年に本件発明の発明者の一人であるペスカ博士が著者の一人として発表した論文においては、アミノ糖を遊離させるために、4N塩酸、四ないし八時間、一〇〇℃の加水分解条件が採用され、前記甲第四号証及び甲第一五号証記載の分析方法とは異なっていることが認められる。

(5) 以上の点からすると、甲第四号証及び甲第一五号証のアミノ糖含有量の分析結果は、いかにその後回収率を考慮した補正を行ったとしも、採用できるものではないといわなければならない。

(二)  次に、甲第八七号証は、6N塩酸を用いて一四時間一一〇℃で加水分解するが(訳文四頁)、四%チオグリコール酸を使用しないことによって(訳文三頁)、約七三%の回収率(訳文六頁)を得たとする。

しかしながら、控訴人が主張する4N塩酸ではインターフェロンのたんぱく鎖が十分に分解されず、高速液体クロマトグラフィーによる正確な分析を妨げたからである等の理由は、6N塩酸等の加水分解条件を採用する理由としては一応首肯し得るものではあるが、そのことによってアミノ糖の過分解という新たな問題を生じさせているのであり、その点の補正も、乙第六七号証(山本重人・実験報告書)及び乙第七一号証(木幡陽博士鑑定書)によれば、回収率をどのように測定するかに多大の問題があり、約七三%との回収率も過大である可能性が強いことが認められる。

したがって、甲第八七号証のアミノ糖含有量の分析結果も、採用できない。

3(一)  これに対し、乙第三号証の一、二、乙第二七号証及び乙第三五号証によれば、乙第二七号証の方法は、被験試料をアミノ糖分析に供するものとアミノ酸分析に供するものとに分け、アミノ糖については、2Mトリフルオロ酢酸と2N塩酸の混液中、一〇〇℃で六時間加熱して加水分解した後、遊離したアミノ糖を2―アミノピリジンを反応させて蛍光標識して定量し、アミノ酸については、甲第四号証に見られるのとほぼ同じ条件で加水分解し、遊離したアミノ酸を分析していることが認められが、右アミノ糖の遊離方法は、大半のアミノ糖を遊離でき、しかも、遊離したアミノ糖の分解を最小限に止めることができると考えられ、このことは、回収率が九四%であることからも裏付けられ、また、アミノ酸の分析方法は、6N塩酸を使用してたんぱく鎖を十分分解しているものと認められる。そして、その結果、OIF―1のアミノ糖分が一分子当たり一・四残基(乙第二七号証)との結果を得ているが、この方法に不相当な点は認められない。

(二)(1)  控訴人は、被控訴人らの実験は、被控訴人らの手にある原液により行われたものであり、それが真正であることの担保がないと主張するが、乙第二七号証を検討しても、試料の真正の点に疑いを差し挟ませる事情は認められないから、控訴人のこの点の主張は採用できない。

(2) また、控訴人は、本件優先権主張日当時インターフェロンそのものがごく微量得られただけであるところ、アミノ糖を2―アミノピリジンにより標識する乙第二七号証の方法は微量なアミノ糖の量を判定することができるものであるとしても、本件優先権主張日当時にはまだ採用することができなかった方法である旨主張する。確かに、乙第六二号証(長谷純宏ら「ピリジルアミノ化法による糖鎖の高感度分析」)によれば、微量でかつ簡便に糖鎖を分析する方法としてピリジルアミノ基を導入する方法が論文として発表されたのは一九七八年であることが認められるが、その発表の時期及び甲第八六号証(一九九六年四月二二日付け松本勲武博士意見書)によると、この方法が本件明細書におけるアミノ糖の分析方法として採用されたとは認められない。しかしながら、フルオレスカミンには、アミノ基を有するペプチドも検出する性質があると認められる以上、正確な測定値を得るために他の方法を採用することはやむを得ないものであるところ、2―アミノピリジンにより標識する方法が不正確な方法であるとの事情も認められないから、乙第二七号証の測定方法を不相当と認めることはできない。

(3) 控訴人は、甲第八〇号証及び乙第六号証の方法は、インターフェロンのアミノ糖もアミノ酸もばらばらにし、アミノ糖もアミノ酸も蛍光するフルオレスカミンで標識し、アミノ糖もアミノ酸も同じ条件で検出するものであり、控訴人の甲第八七号証はこの同じ条件で検出する手法に忠実なやり方であるが、被控訴人らの乙第二七号証はアミノ糖もアミノ酸も同じ条件で検出する点をそもそも満たしていない旨主張する。

しかしながら、本件明細書から推認される方法は、前記のとおりであり、温和な加水分解条件を採用したことによって、アミノ糖の過分解は避けられているが、たんぱく鎖の分解は十分ではなく、その結果、ペプチドがアミノ糖の溶出位置に溶出する可能性があること及びインターフェロン分子数の算定に必要なアミノ酸が低く測定される可能性があることの二点でアミノ糖含有量が実際よりも大きく測定される可能性を有していたものと認められる。甲第八七号証の方法は、右の問題点を解決するために6N塩酸等の加水分解条件を採用したものであるが、アミノ糖の過分解の補正が相当とは認められないことは、前記説示のとおりである。これに対し、乙第二七号証の方法は、アミノ糖の分析においては、4N塩酸程度のものを使用してアミノ糖の過分解を避け、かつ、標識をアルデヒド基を利用する(乙第七一号証六頁)2―アミノピリジンにより行うことでペプチドがアミノ糖の溶出位置に溶出する可能性をなくしつつ、アミノ酸の分析においては、6N塩酸等の加水分解条件を採用してたんぱく鎖の十分な分解を図っているものである。そして、被験試料をアミノ糖分析に供するものとアミノ酸分析に供するものとに分ける方法を採用することが、本件発明におけるアミノ糖とアミノ酸を同時に加水分解する方法によった場合よりも高いアミノ糖含有量を示すこととなるとの事情も認められない。したがって、被験試料をアミノ糖分析に供するものとアミノ酸分析に供するものとに分けていること等をもって不相当する控訴人の主張は採用できない。

(4) 控訴人は、乙第二七号証において対照物質として低分子化合物であるBC66/62を使用していることは疑問であると主張するが、乙第二七号証の実験において対照物質を低分子化合物であるBC66/62としたことにより結果が異なったことをうかがわせる的確な証拠はないから、控訴人のこの点の主張は採用できない。

(三)  したがって、被控訴人ら製品中のOIF―1のアミノ糖含有量は、一分子当たり一・四残基であると認めるべきである。

4  そうすると、控訴人主張のOIF―1は、本件特許請求の範囲に記載されたアミノ糖含有量の点で、本件発明の構成要件の文言を満たさないものである。

五  アミノ糖含有量と均等について

控訴人は、OIF―1は、アミノ糖含有量の点で本件発明の文言を満たさないとしても、均等により本件発明の技術的範囲に属する旨主張する。

1  乙第五一号証(医薬品副作用被害救済・研究振興基金編「糖鎖工学と医薬品開発」)及び弁論の全趣旨によれば、アミノ糖は糖付加(グリコシレーション)の起点であり、その先には糖鎖が伸長しており、インターフェロン一分子当たりのアミノ糖分が一残基未満であるか一残基以上であるかという違いは、そのインターフェロンが糖鎖を有しているか否かという違いに帰着することが認められる。

2(一)(1) 前記乙第五一号証によれば、平成五年一二月発行の同文献には、「このような糖鎖工学に基づく医薬品の開発の必要性が認識された一つの理由は、遺伝子組換え技術を利用して大腸菌などの微生物に産生させた糖蛋白質が、期待されたような生物活性を示さないという経験に基づいている。・・・そこで、酵母や動物細胞が利用されるようになった。しかしこのようにして作りだされた糖蛋白質も天然のものとは活性が異なる場合が多い事が判明し、改めて「どのような糖鎖をつければよいか」、また「どのようにしたら望みどおりの糖鎖をつけることができるのか」という問題が生じてきたのである。糖鎖工学を利用した医薬品の開発が注目されるもう一つの理由は、糖鎖が蛋白質との相互認識により、生体内で様々な機能を担っているという事が判明してきたことである。(アッシュウエル)らによる肝臓のアシアロ糖蛋白質レセプターの発見を契機として、動物の体内で糖鎖が様々なレクチンと特異的に接着することにより、発生や分化、形態形成、癌化あるいは老化など、多細胞生物で起こっている様々な現象の局面で重要な役割を担っている事が判明してきた。このような知見を下にして、これまで蛋白質、核酸を中心にして発展してきた生命科学を、改めて「糖」あるいは「糖鎖」を中心に据えて見直す機運が高まり、糖鎖生物学という新しい学問分野さえ生まれつつある。」(序三頁)、「バイオ医薬品を糖鎖工学的に分類すると、生理活性発現における糖鎖の必要性と、原発現組織と生産宿主の異同の2点から表3―3に示すような三つの世代に分類することができる。」(一五二頁)と記載され、表3―3(一五三頁)には、「第一世代・・糖鎖がなくとも生理活性に重大な影響がないもの。大腸菌等で非糖鎖型単純蛋白質として生産される」ものとして、インターフェロン―α(ホフマン―ラ ロッシュ等)が挙げられ、「第二世代・・糖鎖は生理活性の発現に重要。そこで、天然産生株を生産宿主とし糖鎖生物学上の諸問題を回避したもの」として、インターフェロン―α ナマルバ(住友ら)及びBALL(林原、大塚、持田)が挙げられ、「第三世代・・糖鎖は生理活性の発現に重要だが、適当な天然産生株がないため、異種動物細胞を生産宿主としたもの」と記載されていることが認められる。

(2) 乙第五三号証(グィド・アントネッリら「インターフェロン―αに対する中和抗体・・異なるインターフェロン調製物で治療した患者における相対頻度」(一九九一年))によれば、「IFNに対する中和抗体を生成する頻度は、投与したIFNに依って変動した。詳細には、血清変換は組換えIFN―α2a(二〇・二%)で治療した患者においては、組換えIFN―α2b(六・九%)及びリンパ芽球様細胞IFNの一種であるIFN―αN1(一・二%)のいずれかで治療した患者におけるよりも有意に高かった。」、「天然IFN混合物は糖付加したIFN分子を含むことから、生来のIFN種上にある炭水化物が免疫原性部位をマスクすることにより、同分子の抗原性に影響を与えたとも考えられる。」と記載されていることが認められる。

(3) 乙第五五号証(中村忍ら「IFN抗体が陽性になったC型慢性肝炎に対する治療経験」(一九九四年))によれば、「当院にてリコンビナントIFN―α2aを三ヵ月以上投与したC型慢性活動性肝炎二一例中、有効例は七例、無効例が一四例認められ、無効例のうち六例に抗IFN中和抗体の出現が認められ(た)」(二〇三頁右欄)、「C型慢性肝炎に対して、これらのIFNを用いて治療を行っている途中でIFN抗体が出現し、抗ウイルス効果が減弱して肝炎の再燃を引き起こすことが最近問題となっている。池田らはIFN抗体出現に関して、IFN―α2a投与患者の一五~二五%、IFN―α2bの二・四%、天然型IFN―αの二・一%に出現し、・・・IFN―βの抗体出現に関しては0から高々数%と低率であることが認められている。」(二〇六頁左欄)、「このように、IFNの種類により抗体出現率に差が認められる原因に関して以下のような指摘がある。すなわち、遺伝子組み換え型IFN―αが天然型IFN―αに比してIFN抗体が出現しやすいのは、前者がIFNペプタイドが単一でありしかも糖鎖がないのに対し、後者は多数の亜型からなる点が理由であるとされている。さらに、遺伝子組み換え型IFNのうちIFN―α2bがIFN―α2aに比して抗体出現頻度が低いのは、IFNをコードしている遺伝子を日本人について調べると、IFN―α2b遺伝子の存在を認めるが、IFN―α2a遺伝子を認めない場合が大部分であることが関与するとの報告がある。また、IFN―βに関しては、亜型が一種類であること、さらに静脈投与であることも抗体産生の低い原因である可能性が指摘されている。」(二〇六頁左欄)と記載されていることが認められる。

(4) 以上に認定の事実によれば、アミノ糖の有無すなわち糖鎖の有無は、現に少なくともインターフェロンの長期連用に伴う抗体の産生に大きく関係していると考えられていることが認められる。

(二)(1) 控訴人は、甲第七四号証(長田重一「ヒトインターフェロン遺伝子にみられる多型性」(昭和五六年一二月))、甲第七七号証(アンフィンゼンら「ヒトインターフェロンの炭水化物部が抗ウイルス活性について不必要と見られること」(一九七六年三月))、甲第七八号証(ペスカら「大腸菌から生産された白血球インターフェロンは生物学的に活性である」(一九八〇年一〇月))及び甲第七九号証(坂本忍「白血病、リンパ腫、骨髄腫に対するインターフェロン療法」(一九九〇年))に基づいて、アミノ糖は疾患治癒効果や副作用に関与しない旨主張するが、それらは、長期連用に伴う抗体の産生の点について右に認定したところを覆すものではない。甲第四一号証(小林茂保「インターフェロンをめぐる最近の話題」(一九七八年七月))も同様である。

右認定に反する甲第六二号証(一九九五年八月二五日付けペスカ博士宣誓供述書)の一部は採用できない。

(2) 控訴人は、現在世界的規模において糖の全くない遺伝子組換えによるインターフェロン―αがリンパ芽球を利用した天然のものより多く使用されているところ、糖鎖が薬効に関係があるならばそのようなことはあり得ない旨主張するが、糖のないものが医薬としてどの程度使用されるかは、薬効のみで決定されるものではないから、この点の控訴人の主張は採用できない。

(3) さらに、控訴人は、もし糖鎖の効果を比較するなら、同じ天然型の中で糖鎖のあるα2(ワイスマンの命名による)と糖鎖のないα8(ワイスマンの命名による)との薬効を比較すべきであると主張する。

確かに、前記認定の事実によれば、IFNペプタイドが単一かどうか等の点も抗体出現率に関係していることがうかがわれ、その点では天然型のものと薬効を比較することが望ましいと認められるが、糖鎖が抗体産生に関係していることは、前記認定の事実から十分認定できるから、控訴人の右主張は採用できない。

3  以上のとおり、糖鎖が現に抗体の出現に関係しているものと認められる以上、アミノ糖は疾患治癒効果について働きを示さないものと解することはできず、被控訴人ら製品は本件特許請求の範囲記載の構成との間でアミノ糖含有量の点において置換可能性を欠くから、控訴人の均等の点の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

控訴人は、現在では糖鎖に何らかの意義が認められるとしても、本件発明の前後においてインターフェロンについての糖の意義は認められていなかったから、そういう認識を前提とする本件発明においては、アミノ糖含量の持つ意義は小さいと評価するのが当然であると主張する。確かに、前記説示のとおり、本件優先権主張日当時においては、抗体の産生についての糖鎖の重要性は認識されていなかったことが認められるが、実際に抗体産生において糖鎖が重要な役割を果たしていることが本件優先権主張日後に判明したものであるとしても、置換容易性の判断については格別として、置換可能性の判断は客観的になすべきものであるから、その有する意義が小さいと解することはできない。控訴人の右主張を採用することはできない。

控訴人は、白血球インターフェロンにはアミノ糖の多いものもあり、少ないものもあるところ、本件特許権ではそのうち少ないもののみを対象としたというものではなく、本件でのアミノ糖はただそう認識したというだけであって、当時のアミノ糖分析技術の精度を考慮すれば現在での分析値と多少違いのあることは十分あり得ることであり、その限定をもって発明者の責めに帰せられる過失とすべきものではない旨主張する。

しかしながら、控訴人が本件発明の特定のための構成要件としてアミノ糖含有量を採用した以上、後になってその構成要件を無視するような主張が許されないことは明らかであり、さらに、前記判示のとおり、アミノ糖含有量の比較においては本件明細書作成当時のアミノ糖の測定方法に十分考慮を払っているものであるから、アミノ糖含有量の相違を控訴人主張のようにアミノ糖分析技術の精度の違いに起因するものと解することもできないから、この点の控訴人の主張は採用できない。

4  そして、アミノ酸組成の比較等に基づく控訴人の主張が理由がないことは、後記七に説示するとおりである。

したがって、控訴人主張のOIF―1は、均等の点を検討しても、本件発明の技術的範囲に属さないものであり、OIF―1の点から被控訴人ら製品の製造販売が本件特許権を侵害するとの控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

六  サブタイプα8の分子量について

1  被控訴人らは、訴えの変更等の点について、控訴人が当審になって被控訴人ら製品中のサブタイプα8が本件発明の技術的範囲に属すると主張することは許されないと主張する。

しかしながら、控訴人のこの点の主張の提出は攻撃方法の追加にすぎないと解されるから、訴えの変更であることを前提とする被控訴人らの主張は採用できず、一度取り下げたものは復活させることはできないとか、実質上自白であるとの主張も採用できず、また、時機に遅れた攻撃防御方法の提出であるとも認められない。

したがって、この点の被控訴人らの主張は採用できない。

2  甲第五八号証の一(渡辺公英・実験報告書)によれば、被控訴人大塚製薬が販売している「オーアイエフ五〇〇万IU」から、インターフェロン―αに特異的モノクローナル抗体カラムNK―2セファロース(セルテックス社製)を用いてインターフェロン―α成分を分離し、次にオクチル基結合担体であるC8の逆相カラムを使用して高速液体クロマトグラフィーを行うと、ワイスマンの分類にいうα8成分が得られることが認められる。

このようにして得られた被控訴人ら製品中のサブタイプα8の分子量について検討する。

3(一)(1) 甲第六号証(被控訴人大塚製薬パンフレット)、乙第二号証(佐能吏実験報告書(1) )、乙第五九号証(佐能吏・実験報告書(2) )及び乙第六〇号証(大阪市立工業研究所報告書)によれば、被控訴人ら製品中のサブタイプα8の分子量は、還元剤存在下、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で二四、〇〇〇±一〇〇〇程度であると認められる。

(2) なお、甲第三二ないし第三四号証(被控訴人大塚製薬パンフレット等)によれば、被控訴人大塚製薬及び被控訴人持田製薬の製品の概要を説明するパンフレットの中に、分子量は一三、〇〇〇ないし二一、〇〇〇である旨記載され、BALL―1に関する生物学的製剤基準にも同様の記載がされていることが認められるが、弁論の全趣旨によれば、この数値は還元剤不存在下での分析値であることが認められ、右認定を左右するものではないと認められる。

(二)(1) 控訴人は、甲第五八号証の一、二(渡辺公英・実験報告書)に基づき、ゲルの濃度を一二・五%とした場合、一五%とした場合における被控訴人ら製品中のサブタイプα8の分子量はそれぞれ二一、五〇〇±五〇〇、二四、〇〇〇(又は二三、五〇〇)と主張する。しかしながら、乙第六三号証の一(高木俊夫博士鑑定書)及び乙第六五号証(佐能吏・報告書)によれば、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)においては、ゲルの濃度により結果が異なることは原理的に考えられないこと、異なった結果を生じた原因としては分子量マーカーであるキモトリプシノーゲンAが自己消化したことやチトクロームCが酸化により重合したことが考えられることが認められる。したがって、甲第五八号証一、二のサブタイプα8の分子量の分析結果は採用できない。

(2) さらに、控訴人は、甲第八八号証(鮫島達也教授報告書)に基づき、ゲルの濃度を一二・五%とした場合、一五%とした場合における被控訴人ら製品中のサブタイプα8の分子量はそれぞれ二〇、五〇〇、二一、〇〇〇と主張する。しかしながら、右説示のとおりゲルの濃度により結果が異なることは原理的に考えられないこと、並びに、乙第六九号証(高木俊夫博士鑑定書)及び乙第六三号証の一の参考資料五(高木俊夫編著「PAGEアクリルアミドゲル電気泳動法」平成二年一一月二五日 株式会社廣川書店発行)によれば、タンパク質の分子量を推定するには、SDSの結合量が似通っていて分子量のわかっているタンパク質を準備することが望ましいところであり、甲第八八号証の実験においても標準物質の選択に当たりこの点の考慮が払われたものと認められるところ、甲第八八号証の図4は、標準物質だけを見てもファーガソン・プロットが一点に収斂していないことが認められ、このことは被控訴人ら製品中のサブタイプα8についてゲルの濃度を一二・五%、一五%として行われた分子量の測定についても、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)による分子量測定の原理にもとる不適切なやり方があったのではないかと疑わせるものである。したがって、ゲルの濃度一二・五%で分子量二〇、五〇〇、一五%で分子量二一、〇〇〇であるとの甲第八八号証の実験結果は採用できないといわなければならない。

(3) また、控訴人は、甲第六〇号証(ラーム博士実験報告書)に基づき、被控訴人ら製品中のサブタイプα8の質量スペクトル測定装置による分析結果によれば、その分子量は一九、四八一・二であると主張するが、この測定方法が本件明細書で採用された分子量の測定方法と異なることは明らかであるから、この方法による分子量の測定方法は以上の認定、判断を左右するものではない。

(4) さらに、控訴人は、本件明細書にはゲルの濃度の記載はないが、本件発明の発明者の発表した文献(前記甲第五八号証の一添付の各参考文献)によると、濃度は一二・五%であるから、そのゲル濃度が採用されるべきであると主張する。確かに、甲第五八号証の一中の参考文献(1) によれば、ゲルの濃度は一二・五%と明記され、その第1表、第2表は、本件明細書中の表1、表2にそれぞれ対応していることが認められ、この事実によれば、本件明細書におけるゲルの濃度も一二・五%であった可能性が高いと認められる。しかしながら、前記のとおり、ゲル濃度の相違によって分子量の測定結果に相違が出るものとは認められないから、この点の控訴人の主張は採用できない。

(三) 控訴人は、甲第八八号証の信用性につき、ファーガソン・プロットがゲル濃度〇%において一点に収斂するというのは、そのような場合もあるというだけであって、常にそうなるというわけではなく、乙第六三号証の一の参考資料4には、一点に収斂するもの、しないもの四つの型が示されている旨主張する。

しかしながら、甲第八八号証の実験方法に不適切な点があったと解さざるを得ないことは、前記(二)のとおりであり、ファーガソン・プロットが一点に収斂していないことをもってドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)自体が当然示す結果と認めることはできない。したがって、この点の控訴人の主張は採用できない。

なお、控訴人は、乙第六八号証の図10と甲第八八号証の図4とは大差なく、この二つの図を本質的に違うように言うのはおかしい旨主張するが、縦軸のLog Rm値で二・五から三・八程度に集まる乙第六八号証の図10と、縦軸のRf値で三ないし六程度に集まる甲第八八号証の図4とを大差ないものと解することは到底できない。

(四) 控訴人は、甲第五八号証の一の泳動バッファー(電極槽緩衝液)の組成は、五〇〇〇ml中、トリス三〇g、グリシン一四四g、SDS四gであり、甲第八八号証においても、五リットル当たりに換算すれば、トリス三〇g、グリシン一四四g、SDS五gであるところ、乙第六八号証の緩衝液の組成は、五リットル中トリス一五g、グリシン七〇g、SDS五gで、SDSを除き、控訴人側実験の約半量であり、甲第五八号証の一及び第八八号証の泳動バッファーの組成がα8の方が本質的には軽いという本質を顕現させたのである旨主張する。しかしながら、甲第五八号証の一及び甲第八八号証の実験方法に不適切な点があったと認められることは前記(二)のとおりであるから、甲第五八号証の一及び甲第八八号証の泳動バッファーの組成がα8の方が本質的には軽いという本質を顕現させたとの控訴人の主張は採用できない。

(五) そうすると、被控訴人ら製品中のサブタイプα8は、本件明細書に記載された個々の分子種又は下位種と比較するまでもなく、本件特許請求の範囲に記載された分子量の範囲を超えるものといわなければならない。

控訴人は、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動の方法ではあまり厳密なところは分からないから、それによって得た分子量の値は、せいぜい一応の目安というべきものにすぎないと主張する。しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明にに明示された±一〇〇〇の誤差範囲及び乙第六〇号証(大阪市立工業研究所報告書)に明示された±一〇〇〇の誤差範囲を不相当と解すべき的確な証拠はないから、控訴人のこの点の主張は採用できない。

4  そして、アミノ酸組成の比較等に基づく控訴人の主張が理由がないことは、後記七に説示するとおりである。したがって、被控訴人ら製品中のサブタイプα8は、その余の点について判断するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属さないものである。

七  アミノ酸組成の比較等について

1  控訴人は、甲第五七号証の一、二(伊藤直樹・報告書)に基づき、アミノ酸組成の比較結果によると、本件明細書表5のα2とワイスマンのα2並びに本件明細書表5のγ4及びβ3とワイスマンのα8との類似性を主張するが、右主張は、類似の可能性を示す程度のものにすぎず、この比較結果から被控訴人ら製品中のα2(OIF―1)及びα8が本件発明の技術的範囲に属すると認めることは到底できない。

2  また、控訴人は、被控訴人ら製品中のα2(OIF―1)及びα8のアミノ酸配列は、ワイスマンが人の白血球から産生されるインターフェロンについて人の白血球の遺伝子を用いて確定したアミノ酸配列と同じである点や、甲第九一号証に基づき、ヒト白血球をセンダイウイルスにより誘発することにより産生されるインタフェロン中のα2、α8は、BALL―1細胞をセンダイウイルスにより誘発することにより産生されるインタフェロン中のα2、α8とは、アミノ酸配列において全く同一の物質であると理解される点を主張する。しかしながら、白血球等が産生するインターフェロンには多種多様なものが含まれる可能性があり、控訴人が化学構造式やアミノ酸配列によってではなく、本件特許請求の範囲に記載された比活性等によりその特許請求の範囲に含まれる化学物質を特定する方法を採用した以上、控訴人の主張する、被控訴人ら製品中のα2(OIF―1)やα8のアミノ酸配列がワイスマンが確定したアミノ酸配列と同じである等の点は、前記認定の他の事実と併せ考えても、被控訴人ら製品中のα2(OIF―1)やα8が本件発明の技術範囲に属する可能性があることを示すにとどまるものといわざるを得ず、これらの点から、被控訴人ら製品中のα2(OIF―1)やα8が本件発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。

八  結論

以上によれば、控訴人の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 市川正巳)

物件目録(一)

実質的にインターフェロン―α(ヒトリンパ芽球様細胞BALL―1由来)と人血清アルブミンとから成る組成物であって、インターフェロン―α中に左記Aの特性を有するサブタイプα2(ワイスマンの命名による)に属する下位種又はBの特性を有するサブタイプα8(ワイスマンの命名による)を含有する注射用乾燥インターフェロン―α製剤(商品名「オーアイエフ二五〇万IU、オーアイエフ五〇〇万IU、オーアイエフ一〇〇〇万IU」)

ウシ細胞MDBKの場合の比活性

0.9×108IU/mg蛋白質~1.7×108IU/mg蛋白質

ヒト細胞AG一七三二の場合の比活性

1.0×108IU/mg蛋白質~2.0×108IU/mg蛋白質

分子量 約一六五〇〇

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル(一二・五%)電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇)、オボアルブミン(四五〇〇〇)、キモトリプリノーゲンA(二五〇〇〇)、チトクロームC(一二四〇〇)使用

逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す。

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す。

アミノ糖含有量 インターフェロン一分子当り約〇・八六残基

ウシ細胞MDBKの場合の比活性

約2.8×108IU/mg

ヒト細胞AG一七三二の場合の比活性

7.07×108IU/mg(±五〇%)

分子量 約二〇〇〇〇

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル(一二・五%)電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇)、オボアルブミン(四五〇〇〇)、キモトリプリノーゲンA(二五〇〇〇)、チトクロームC(一二四〇〇)使用

質量スペクトルによる測定 一九四八一・二

逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す。

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す。

アミノ糖は実質的に含まれていない。

物件目録(二)

実質的にインターフェロン―α(ヒトリンパ芽球様細胞BALL―1由来)と人血清アルブミンとから成る組成物であって、インターフェロン―α中に左記Aの特性を有するサブタイプα2(ワイスマンの命名による)に属する下位種又はBの特性を有するサブタイプα8(ワイスマンの命名による)を含有する注射用乾燥インターフェロン―α製剤(商品名「IFNαモチダ二五〇、IFNαモチダ五〇〇、IFNαモチダ一〇〇〇」)

ウシ細胞MDBKの場合の比活性

0.9×108IU/mg蛋白質~1.7×108IU/mg蛋白質

ヒト細胞AG一七三二の場合の比活性

1.0×108IU/mg蛋白質~2.0×108IU/mg蛋白質

分子量 約一六五〇〇

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル(一二・五%)電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇)、オボアルブミン(四五〇〇〇)、キモトリプリノーゲンA(二五〇〇〇)、チトクロームC(一二四〇〇)使用

逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す。

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す。

アミノ糖含有量 インターフェロン一分子当り約〇・八六残基

ウシ細胞MDBKの場合の比活性

約2.8×108IU/mg

ヒト細胞AG一七三二の場合の比活性

7.07×108IU/mg(±五〇%)

分子量 約二〇〇〇〇

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル(一二・五%)電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇)、オボアルブミン(四五〇〇〇)、キモトリプリノーゲンA(二五〇〇〇)、チトクロームC(一二四〇〇)使用

質量スペクトルによる測定 一九四八一・二

逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す。

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す。

アミノ糖は実質的に含まれていない。

物件目録(三)

実質的にインターフェロン―α(ヒトリンパ芽球様細胞BALL―1由来)と人血清アルブミンとから成る組成物であって、インターフェロン―α中に左記Aの特性を有するサブタイプα2(ワイスマンの命名による)に属する下位種又はBの特性を有するサブタイプα8(ワイスマンの命名による)を含有する注射用乾燥インターフェロン―αの原液

ウシ細胞MDBKの場合の比活性

0.9×108IU/mg蛋白質~1.7×108IU/mg蛋白質

ヒト細胞AG一七三二の場合の比活性

1.0×108IU/mg蛋白質~2.0×108IU/mg蛋白質

分子量 約一六五〇〇

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル(一二・五%)電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇)、オボアルブミン(四五〇〇〇)、キモトリプリノーゲンA(二五〇〇〇)、チトクロームC(一二四〇〇)使用

逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す。

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す。

アミノ糖含有量 インターフェロン一分子当り約〇・八六残基

ウシ細胞MDBKの場合の比活性

約2.78×108IU/mg

ヒト細胞AG一七三二の場合の比活性

7.07×108IU/mg(±五〇%)

分子量 約二〇〇〇〇

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル(一二・五%)電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇)、オボアルブミン(四五〇〇〇)、キモトリプリノーゲンA(二五〇〇〇)、チトクロームC(一二四〇〇)使用

質量スペクトルによる測定 一九四八一・二

逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す。

ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す。

アミノ糖は実質的に含まれていない。

被控訴人製品目録(一)

インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)と人血清アルブミンと塩化ナトリウムおよびリン酸緩衝剤とから成る組成物であって、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)は左記特性を有するサブタイプα2およびサブタイプα8からなる腎癌治療用医薬組成物(商品名「オーアイエフ二五〇万IU」、「オーアイエフ五〇〇万IU」、「オーアイエフ一〇〇〇万IU」)

(1)  ヒトFL細胞―シンドビスウィルスの場合の比活性

2.2×108±0.8×108IU/mg蛋白質

(2)  分子量

サブタイプα2  一六、九〇〇±一、〇〇〇ダルトン~一九、三〇〇±一、〇〇〇ダルトン

サブタイプα8  二四、四〇〇±一、〇〇〇ダルトン

還元剤存在下で、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇ダルトン)、オボアルブミン(四五〇〇〇ダルトン)、キモトリプシノーゲンA(二五〇〇〇ダルトン)、チトクロームC(一二四〇〇ダルトン)使用

(3)  アミノ糖分含有量

サブタイプα2  一分子当り一・五残基

サブタイプα8  一分子当り一残基未満

(4)  順相および逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて、ともに、複数ピークを示す

(5)  ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で複数バンドを示す

被控訴人製品目録(二)

インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)と人血清アルブミンと塩化ナトリウムおよびリン酸緩衝剤とから成る組成物であって、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)は左記特性を有するサブタイプα2およびサブタイプα8からなる腎癌治療用医薬組成物(商品名「IFNαモチダ二五〇」、「IFNαモチダ五〇〇」、「IFNαモチダ一〇〇〇」)

(1)  ヒトFL細胞―シンドビスウィルスの場合の比活性

2.2×108±0.8×108IU/mg蛋白質

(2)  分子量

サブタイプα2  一六、九〇〇±一、〇〇〇ダルトン~一九、三〇〇±一、〇〇〇ダルトン

サブタイプα8  二四、四〇〇±一、〇〇〇ダルトン

還元剤存在下で、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇ダルトン)、オボアルブミン(四五〇〇〇ダルトン)、キモトリプシノーゲンA(二五〇〇〇ダルトン)、チトクロームC(一二四〇〇ダルトン)使用

(3)  アミノ糖分含有量

サブタイプα2  一分子当り一・五残基

サブタイプα8  一分子当り一残基未満

(4)  順相および逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて、ともに、複数ピークを示す

(5)  ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で複数バンドを示す

被控訴人製品目録(三)

インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)と人血清アルブミンと塩化ナトリウムおよびリン酸緩衝剤とから成る組成物であって、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)は左記特性を有するサブタイプα2およびサブタイプα8からなる腎癌治療用医薬組成物の原液

(1)  ヒトFL細胞―シンドビスウィルスの場合の比活性

2.2×108±0.8×108IU/mg蛋白質

(2)  分子量

サブタイプα2  一六、九〇〇±一、〇〇〇ダルトン~一九、三〇〇±一、〇〇〇ダルトン

サブタイプα8  二四、四〇〇±一、〇〇〇ダルトン

還元剤存在下で、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により測定。分子量マーカーとして、ウシ血清アルブミン(六七〇〇〇ダルトン)、オボアルブミン(四五〇〇〇ダルトン)、キモトリプシノーゲンA(二五〇〇〇ダルトン)、チトクロームC(一二四〇〇ダルトン)使用

(3)  アミノ糖分含有量

サブタイプα2  一分子当り一・五残基

サブタイプα8  一分子当り一残基未満

(4)  順相および逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて、ともに、複数ピークを示す

(5)  ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で複数バンドを示す

【参照】原審判決の主文、事実及び理由

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告大塚製薬株式会社は、別紙物件目録(一)記載の注射用乾燥インターフェロン―α製剤(商品名「オーアイエフ五〇〇万IU」)を製造し、販売してはならない。

2 被告持田製薬株式会社は、別紙物件目録(二)記載の(商品名「IFNαモチダ五〇〇」)注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売してはならない。

3 被告株式会社林原生物化学研究所は、別紙物件目録(三)記載の注射用乾燥インターフェロン―αの原液を製造し、右両被告に対して供給してはならない。

4 被告大塚製薬株式会社と被告株式会社林原生物化学研究所は、連帯して、原告に対し、金三億四〇〇〇万円及びこれに対する平成五年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5 被告持田製薬株式会社と被告株式会社林原化学研究所は、連帯して、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6 訴訟費用は被告らの負担とする。

7 仮執行宣言

二 被告らの請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1 当事者

原告は、肩書地に主たる営業所を有するスイス法人であり、医薬品、化学品等を製造、販売している。

被告大塚製薬株式会社(以下「被告大塚製薬」という。)及び被告持田製薬株式会社(以下「被告持田製薬」という。)は、いずれも主として医薬品を製造、販売している会社である。

被告株式会社林原生物化学研究所(以下「被告林原研究所」という。)は、食品原料、医薬品原料等を製造販売している会社である。

2 本件発明にかかる権利

原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、本件特許権にかかる発明を「本件発明」という。)を有するとともに、本件特許権が登録される平成四年三月三〇日前においては、本件発明にかかる特許出願が広告されていたことに基づくいわゆる仮保護の権利を有していた。

なお、出願人は、当初エフ・ホフマン・ラ・ロシュ・ウント・コンパニー・アクチェンゲゼルシャフトであったが、その後グループ会社の組織変更に伴い、新たに設立された原告に特許を受ける権利が譲渡されたものである。

また、本件出願は、昭和五四年一一月二二日に出願された特願昭和五四年第一五〇八〇三号が昭和五八年二月二五日に分割されたものである。

(一) 出願日    昭和五四年一一月二二日

(二) 出願番号   昭五八―二九六三二号

(三) 優先権主張日 一九七八年一一月二四日

(四) 公告日    昭和六三年七月二九日

(五) 公告番号   昭六三―三八三三〇号

(六) 登録日    平成四年三月三〇日

(七) 登録番号   第一六五二一六三号

(八) 発明の名称  インターフェロン

(九) 特許請求の範囲 左記のとおり

「ウシ細胞MDBKの場合、比活性0.9×108~4.0×108単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG1732の場合、比活性2×106~4.0×108単位/mgタンパク質を有し、分子量約16000±1000~約21000±1000であり、アミノ糖分が一分子当り一残基未満であり、順相および(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示すとともに、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で単一バンドを示す均質タンパク質であるヒト白血球インタフェロンを含有し、ドデシル硫酸ナトリウムおよび非インタフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないことを特徴とする、ヒト白血球インタフェロン感受性疾患治療用医薬組成物。」

3 本件発明のパイオニア性について

インターフェロンとは、ウイルスに感染した動物の細胞が作り出す蛋白質であり、抗ウイルス作用を有するものであるが、一九五四年右のような物質が存することは発見されていたところ、一九五七年に、英国のアイザックス、リンデマン両博士の論文で、その存在が確認され、その主成分が蛋白質であることが見出されてから世界の科学者の注目を浴びることとなったものである。その後、インターフェロンは、本件発明が出願されるまでの二〇年間にわたり、研究が重ねられたが、細胞が培養液中に放出するインターフェロンの量が極めて微量であるため、また、人に投与して効果のあるインターフェロンは人体が産生したものでなければならず、これを得るためには人の細胞を集めることを要し、試験に供しうるインターフェロンの量は限定されざるを得ないため、その研究は困難をきわめた。その点からも、大量生産への道を開くため、インターフェロンを単離し、その実体を解明することが望まれていた。したがって、世界の研究者は、インターフェロンの単離に精力を傾けていたのであるが、本件発明に至るまで、沈澱、ゲル濾過、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル電気泳動、親和性クロマトグラフィー、その他の方法が試みられたが、その試みはことごとく失敗していた。インターフェロン―αが客観的には天然に存在していたことは確かであったが、その実体は、これを単離してみなければ解明することができず、多くの科学者の努力が傾注されたことからしても、インターフェロンの単離がいかに困難なことであったかがわかる。もっとも、それまでに、インターフェロンをかなりの程度に精製する試みもあり、かなり濃縮されたものもあったが、大量の他物質に混じった状態で用いたのでは、インターフェロン自体の働きは判明しないから、医薬として用いても、インターフェロン自体の薬効は判明しないし、副作用が発生しても、何に起因するかも判明しないし、副作用を避けるための適量も知りえず、医薬品といえる状況ではない。更に、物として単離できれば、その構造を確認することができ、構造が確認できればその性質もよく判ると同時に、現代のバイオテクノロジーの技術によれば、その量産の道も開くことができるのである。本件発明は、このような状況において、インターフェロンそのものを初めて純粋に単離したものである。

本件発明は、インターフェロン単離方法と併せて出願され、方法については先に特許が成立しているものであるが、インターフェロンの単離に成功した原因は、精製の手段として高速液体クロマトグラフィーなる手法を適用したことにある。高速液体クロマトグラフィーという手法をただ用いればよいというものでもなく、試行錯誤のすえ、粒子の表面を疎水性の基を持つ物質で蔽い、洗い落とす液体として水とnプロパノールを混ぜたものを使い、nプロパノールの濃度を順次上げたり下げたり、これを繰り返したりした結果、インターフェロンを単離に成功したのである。当時、インターフェロンという複雑な蛋白質高分子にこの手法が適用しうるとはまったく予想されていなかったが、本件発明においては、この手法を何度も繰り返すことにより、インターフェロンを単離することを可能としたものである。

そして、本件発明により得られたインターフェロン―αは、本来の抗ウィルス作用により、B型慢性肝炎に効果があることが判明し、医薬品として用いられているほか、ガン細胞の増殖を抑制する効果のあることも確認され、一般の制ガン剤のような強い副作用のない優れた医薬として、現在、腎ガン、多発性骨髄腫に対する医薬としても用いられ、更には、非A非B型肝炎に対する医薬としても用いられことが期待されている。また、本件発明の過程において、ヒト白血球インターフェロンが分子量その他の性状の異なる幾つものグループから成っていることが見出されたが、これも、インターフェロンが単離しえなければ判明しなかった事実であり、また、インターフェロンには多くの種類があることの発見にも寄与しているのである。

なお、右インターフェロンの単離方法は、どのインターフェロンの不純液にも適用することができる。

このように、本件発明は、インターフェロンを臨床治療に利用する途を開き、世界の科学、医学に寄与し、社会に貢献したものであって、このような本件発明は、まさにパイオニア発明といって差し支えないのである。

4 本件発明の構成要件の分説

(一) 本件発明の構成要件を分説すると、本件発明は、先ず、以下の(1) ないし(3) の構成を具備する場合すべてを技術的範囲としている。

(1)  ヒト白血球インターフェロン感受性疾患治療用医薬組成物であること。

(2)  ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと。

(3)  ヒト白血球インターフェロンを含有すること。

(二) そして、本件発明に含有されるインターフェロンはどのようなものであるかに関しては、以下の(4) ないし(9) で規定されている。

(4)  ウシ細胞MDBKの場合、比活性0.9×108~4.0×108単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG1732の場合、比活性2×106~4.0×108単位/mgタンパク質を有すること。

(5)  分子量約16000±1000~約21000±1000であること。

(6)  アミノ糖分が一分子当り一残基未満であること。

(7)  順相及び(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示すこと。

(8)  ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示すこと。

(9)  均質タンパク質であること。

5 本件発明の構成要件の解釈

(一) 「ヒト白血球インターフェロン感受性疾患治療用医薬組成物であること」との要件について

右要件は、単に、本件発明が医薬に用いられる組成物を対象としていることを示し、その中に、含有していいものと、含有してはならないものとを特定しているだけである。

(二) 「ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと」との要件について

右要件のうち、「ドデシル硫酸ナトリウム」が掲げられているのは、本件発明以前の技術でインターフェロンを純粋に得ようとして、右電気泳動においてドデシル硫酸ナトリウムを含むゲル中での電気泳動法を用いてこれを分離しようとしたため、その結果得られたものの中に、右ドデシル硫酸ナトリウムが不純物として残存していたからこれと区別するためであり、本件発明以後の技術においては、インターフェロンを得るのに、右ドデシル硫酸ナトリウムを用いることはほとんど考えられない。

次に、「非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと」は、本件発明の眼目であり、天然に産出されるインターフェロンが大量の種々の蛋白質の中で、インターフェロン活性を有しない蛋白質、すなわち非インターフェロン活性タンパク質に混じっており、本件発明の医薬組成物は、これを含まないことを示すものである。「夾雑物」は、それが何であるか、その割合がどの位であるか判明していないものをいい、医薬とするために意図的、意識的に混入させた蛋白質をいうものではなく、例えば、インターフェロンだけでは扱いにくいし、安定性を保ち難いので、これを安定化するため、わざわざ大量に混ぜたものは「夾雑物」には当たらない。

(三) 「ヒト白血球インターフェロンを含有すること」との要件について

右要件は、インターフェロンの種類を指す本件発明当時の用語であり、現在でいえば、インターフェロン―αである。

「ヒト白血球インターフェロン」という用語は、本件特許請求の範囲において、「白血球より産生される」とも、「白血球由来の」とも記載されておらず、一つの名詞として記載されているのであるから、この用語が本件発明においてインターフェロンの種類を示す語として用いられたことは明らかである。本件発明の特許出願当時、人のインターフェロンは、細胞によって生成するものが異なり、大別すると、<1>白血球が作るもの、<2>線維芽細胞が作るもの、<3>免疫細胞が作るものの三種類に分けられると認識されていた。なお、<1>、<2>と<3>とは酸安定性等の性質においてかなり異なっていたので、<1>、<2>をI型と、<3>をII型と呼ばれたこともある。そして、<1>が「ヒト白血球インターフェロン」と、<2>が「ヒト線維芽細胞インターフェロン」と、<3>が「ヒト免疫インターフェロン」と呼ばれていた。このそれぞれがインターフェロンの種類ないし型の呼称であった。インターフェロンの研究が進むにつれて、インターフェロンにもいくつかの種類があることが判明し、各研究者が右各インターフェロンについて適宜な名称を用いたりし、また、白血球が産生するものも、「白血球インターフェロン」以外のものも含み、逆に「白血球インターフェロン」が白血球以外のものからも産生されることが判明してきたため、その命名が不適切であることから、一九八〇年、IFN命名委員会が、インターフェロンに関して統一名称を定め、従来「白血球インターフェロン」と称されていたものは、その抗原性の特異性に基づき、「インターフェロン―α」に分類され、従来の名称が変更された。この名称変更は、明らかに従来の呼称がインターフェロンの種類ないし型の呼称であることを前提としたものである。そして、現在では、<1>に関するものはインターフェロン―αと、<2>、<3>はそれぞれ同β、同γと呼ばれている。そして、本件発明は、一九七八年出願であり、「ヒト白血球インターフェロン」との用語はまさに旧名称に当たるものであり、右のうちの<1>に関するものである。したがって、本件発明における「ヒト白血球インターフェロン」なる旧名称のものは、今日「インターフェロン―α」と呼ばれるものであるから、本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」とインターフェロン―αとは、その実体は同一である。

(四) 「ウシ細胞MDBKの場合、比活性0.9×108~4.0×108単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG1732の場合、比活性2×106~4.0×108単位/mgタンパク質を有すること」との要件について

右要件にいう比活性とは、インターフェロン又はインターフェロンを含む混合物の抗ウイルス作用の程度のことであるが、比活性は、インターフェロンの種類ごとに特有の数値を有し、純粋なものであればあるほど当該インターフェロンの本来の活性の程度を示すものである。

本件発明においては、比活性値を得るのに、テスト細胞として牛の細胞に由来する「MDBK」と命名されている細胞と、人に由来し「AG1732」と命名されている細胞を用い、ウイルスとしては水疱性口内炎ウイルス(VSV)が用いられており、本件発明により得られた各インターフェロンの比活性は、牛の細胞の場合の最小値はγ5 の0.9×108、最大値はα2等の4.0×108であり、人の細胞の場合の最小値はγ5 の2×106、最大値はγ4 の4.0×108である。このように、それぞれの単独の下位種のものの比活性値は一定であるから、本件特許請求の範囲に記載された比活性値の範囲は、ある特定種のインターフェロンがそのものだけでそれだけの幅の比活性値を持つということではなく、本件発明の範囲に属するインターフェロン比活性値は、右に規定された数値範囲内のものであることになる。

(五) 「分子量約16000±1000~約21000±1000であること」との要件について

右要件は、本件発明により得られた各インターフェロンの分子量に関するものであり、右比活性値と同様に、本件特許請求の範囲に記載された分子量の範囲は、個々のインターフェロンがそれだけの数値範囲を持つということではなく、本件発明の範囲に属するインターフェロンの分子量が右の範囲に収まるものであることを示すものである。

(六) 「アミノ糖分が一分子当り一残基未満であること」との要件について

右要件は、もともと、アミノ糖は、糖の水酸基(―OH)がアミノ基(―NH2)に置き換わったものであり、また、インターフェロンが糖を必須構成要素とするものではないものの、その側鎖に糖の分子が付くこともあるところ、本要件におけるアミノ糖は、その側鎖に付いた糖の分子のうちの水酸基がアミノ基に置き換わったものを指し、インターフェロン―αの分子ごとにアミノ糖が付いていたりいなかったりするので、平均すれば一分子について一個は付いていないことをいうものである。

(七) 「順相及び(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示すこと」との要件について

右要件については、高速液体クロマトグラフィーが物の分離、同定に用いる手段であるが、本要件は、物の同定の基準を示したものではなく、単一のピークを示すという表現により、試料が一つの物質から成り、混じり物がないことを意味するものである。本件発明に属する数種のインターフェロンは、それぞれが別の位置にピークを示すこととなる。

(八) 「ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示すこと」との要件について

右要件については、高速液体クロマトグラフィーと同様、電気泳動も物の分離、同定に用いられる手法であり、ドデシル硫酸ナトリウムは右電気泳動に用いられる試薬であって、電気泳動で単一バンドを示すということは、試料が純粋であることをいうものである。

(九) 「均質タンパク質であること」との要件について

右要件は、均質、すなわち性質が揃っていることの内容は前記各要件から定められているから、独立した要件というほどのものではない。

(一〇) 総括

本件発明の対象は、ある種の疾患、すなわち、ヒト白血球インターフェロン感受性疾患の治療用の医薬組成物であり、含有すべからざるものと含有すべきものとによって特徴づけられており、両者については前述の説明のとおり、それぞれ各要件で規定している。したがって、右含有すべきものとしては、特許請求の範囲に掲げられている数値範囲内の比活性、分子量を有し、アミノ糖残基を満たす種類のインターフェロンであれば、本件発明の構成要件を満たすこととなる。

6 被告らの製造販売するインターフェロン製剤等

(一) 被告林原研究所は、昭和六三年から、別紙物件目録(三)記載のインターフェロン原液を製造し、これを被告大塚製薬及び被告持田製薬に供給している。

(二) 被告大塚製薬は、右原液を用いて別紙物件目録(一)記載の「オーアイエフ五〇〇万IU」との商品名を付した注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売している。

(三) 被告持田製薬も、右原液を用いて別紙物件目録(二)記載の「IFNαモチダ五〇〇」との商品名を付した注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売している。

7 被告大塚製薬及び被告持田製薬の製剤品の構成

被告大塚製薬及び被告持田製薬の製剤、販売するインターフェロン製剤の構成は以下のとおりである。

(一) ヒト白血球インターフェロン感受性疾患治療用医薬組成物である。

(二) ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まない。

(三) ウシ細胞MDBKの場合、比活性0.9×108~4.0×108単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG1732の場合、比活性2×106~4.0×108単位/mgタンパク質を有する。

(四) 分子量約16000±1000~約21000±1000の範囲である。

(五) アミノ糖分はインターフェロン一分子当たり一残基未満である。

(六) 順相及び(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示す。

(七) ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す。

(八) 均質タンパク質であるヒト白血球インターフェロンを含有している。

8(一) 本件発明の各構成要件と、被告大塚製薬及び被告持田製薬の右各製剤とを対比すると、両者が一致していることは一見して明らかであるから、被告大塚製薬及び被告持田製薬による右各製剤の製造販売行為が本件特許権を侵害することは明らかである。

(二)(1)  被告林原研究所は、被告大塚製薬及び被告持田製薬の製品の原料であるインターフェロン―α原液を製造し、これに人血清アルブミン糖の添加物を加えて右両被告にこれを提供しているから、被告林原研究所の右行為は本件特許権を侵害するものである。

(2)  仮に、被告林原研究所が右添加物を加えずに右両被告にインターフェロン―α原液を提供しているとしても、右は、本件特許権を侵害することにのみ用いるものを製造販売する行為であるから、本件特許権を間接に侵害するものであるといわなければならない。

9 共同不法行為

被告林原研究所は、被告大塚製薬の「オーアイエフ五〇〇万IU」の製造販売に関し、被告大塚製薬の右侵害行為を共同してなしたものであり、被告持田製薬の「IFNαモチダ五〇〇」の製造販売に関し、被告持田製薬の右侵害行為に共同してなしたものである。

10 損害

被告らによるインターフェロン―α製剤及びその原液の製造販売が、平成四年三月三〇日までは、本件発明にかかる仮保護の権利を、その後は本件特許権を侵害することは以上に延べたとおりであるところ、被告らの右侵害行為により原告が被った損害は以下のとおりである。

(一) 被告大塚製薬

被告大塚製薬による同製剤(商品名「オーアイエフ五〇〇万IU」)の各年別の販売額は、左記のとおりとなり(合計九八億二三〇〇万円)、右製剤の実際の販売価格は薬価基準の七〇%であるから、実際の売上は約六八億七六〇〇万円である。

したがって、原告は、右売上に関し、平成二年四月一三日以前の分については、法律上の原因なくして原告の損失により被告の利益が獲得されたものであるから、不当利得により、平成二年四月一四日から平成四年三月三〇日までの期間については、特許法五二条二項、一〇二条二項により、平成四年三月三一日以後の分については特許法一〇二条二項により、いずれも通常の実施料相当額の金額の支払いを請求することができるところ、右製剤品の通常の実施料は、実際の売上の五%を下らないから、右実施料相当額は合計三億四三八〇万円となるが、原告は、その内金三億四〇〇〇万円の支払いを求める。

(1)    昭和六三年     二〇〇〇万円

(なお、同年一二月一二日に販売を開始している。)

(2)  平成元年     一九億二七〇〇万円

(3)  平成二年     二二億四六〇〇万円

(4)  平成三年     二五億八九〇〇万円

(5)  平成四年     二六億八二〇〇万円

(6)  平成五年一月、二月 三億五九〇〇万円

(二) 被告持田製薬

被告持田製薬による同製剤(商品名「IFNαモチダ五〇〇」)の各年別の販売額は、左記のとおりとなり(合計一五億九〇〇〇万円)、右製剤の実際の販売価格は薬価基準の七〇%であるから、実際の売上は約一一億一三〇〇万円である。

したがって、原告は、右売上に関し、平成二年四月一三日以前の分については、法律上の原因なくして原告の損失により被告の利益が獲得されたものであるから、不当利得により、平成二年四月一四日から平成四年三月三〇日までの期間については、特許法五二条二項、一〇二条二項により、平成四年三月三一日以後の分については特許法一〇二条二項により、いずれも通常の実施料相当額の金額の支払いを請求することができるところ、右製剤品の通常の実施料は、実際の売上の五%を下らないから、右実施料相当額は合計五五六五万円となるが、原告は、その内金五〇〇〇万円の支払いを求める。

(1)  昭和六三年      三〇〇万円

(なお、同年一二月一二日に販売を開始している。)

(2)  平成元年    二億三〇〇〇万円

(3)  平成二年    三億五〇〇〇万円

(4)  平成三年    四億六二〇〇万円

(5)  平成四年    四億七五〇〇万円

(6)  平成五年一月、二月 七〇〇〇万円

10 よって、原告は、被告らに対し、本件仮保護の権利又は本件特許権に基づき、別紙物件目録(一)ないし(三)のインターフェロン製剤品の製剤、販売の差止めを求めるとともに、被告持田製薬と被告林原研究所に対し、連帯して、原告に対し、金三億四〇〇〇万円、被告持田製薬株式会社と被告株式会社林原化学研究所は、連帯して、原告に対し、金五〇〇〇万円、及び右各金員に対する不当利得後又は不法行為後である平成五年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する認否等

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実は認める。

3 請求原因3の事実は否認する。

原告は、本件発明はインターフェロンを純粋なものとして単離したパイオニア発明であり、社会的貢献度は多大なものである旨主張するが、インターフェロンが一九五四年に発見されてから、世界の多くの研究者が大量の取得方法を確立するため、あるいは、重篤な副作用をおこさずに癌患者の治療に役立てるため、大変な努力をしてきたのである。白血球を産生細胞とし、センダイウイルスにより誘導生産したインターフェロンで、106単位(IU)/mgにまで精製したものを癌患者に投与する試みも報告される等、本件発明の特許出願がなされるまでに、種々の精製技術が開発され、インターフェロンは電気泳動に単一にまで精製され、その比活性は5×7単位(IU)/mg蛋白質から、2×108単位(IU)/mg蛋白質にまで精製されており、本件発明の各分子種の比活性と比較しても決して遜色のないものであり、また、分子量も15000、16000、17500、20000、21000、23000等の種々の分子量のインターフェロンが報告され、同定されていたのである。このように、ヒト白血球インターフェロンの分子種の単離は本件発明以前に先人により行われていたのであり、その精製手段としての高速液体クロマトグラフィーという手法も、右手法が蛋白質一般の精製に使用しうることも、本件発明の第一の基礎出願時において既に公知であった。本件発明は、このような先行技術の上に立脚しているのであって、その特異性は、一定の精製方法によって特定の物性を有するヒト白血球由来の個別の分子量を取得した点に存するにすぎない。したがって、本件発明は、原告主張のようなパイオニア発明ということは到底できないし、本件発明以前の先人の業績を無視しうる程に大きな社会的かつ科学的貢献をしたものでもない。

4 請求原因4は、その分説の仕方を争う。本件発明の構成要件は、以下のように分説されるべきである。

(一) ヒト白血球インターフェロンを含有すること。

(二) 右インターフェロンは、

(1)  測定系として、ウシ細胞MDBKの場合、比活性0.9×108~4.0×108単位/mgタンパク質を有し、ヒト細胞系AG1732の場合、比活性2×106~4.0×108単位/mgタンパク質を有し、

(2)  分子量約16000±1000~約21000±1000であり、

(3)  アミノ糖分が一分子当り一残基未満であり、

(4)  順相及び(または)逆相高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示し、

(5)  ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS―PAGE)で単一バンドを示す均質タンパク質であること。

(三) ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと。

(四) 以上を特徴とするヒト白血球インターフェロン感受性疾患治療用医薬組成物

5 請求原因5は争う。

本件明細書に開示された技術思想も、明細書中に使用されている用語も、本件優先権主張日である一九七八年(昭和五三年)一一月二四日当時の基準によって理解され、解釈されるべきである。殊に本件発明にいう「ヒト白血球インターフェロン」が、当時の技術思想に照らせば、後記第三項のとおり、正常な人及び慢性骨髄性白血病患者から採取した人の白血球を産生細胞とし、ニューカッスル病ウイルスを誘導物質として、産生したインターフェロンをいうことは明らかである。

また、「ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まない」との要件は、本件発明にかかる医薬組成物の中に、ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を含まないことを規定し、非インターフェロン活性タンパク質の典型例である人血清アルブミン等は含んではならないことを示したものである。

比活性値の要件については、一定の数値の上限と下限の間に連続的に存在するかのようであるが、実際には、ヒト白血球インターフェロンの単離精製は、一定の工程を踏み、ある特定の比活性値を有するものとして単離同定されたものであって、右単離同定されたヒト白血球インターフェロンの個々のものが有する特定の比活性値が本要件の数値枠の範囲内におさまるというものである。すなわち、本件発明にかかるヒト白血球インターフェロンとして単離同定されたものは、明細書の表1及び表4に記載されたピークγ並びにα1 、α2、β2、γ1、γ2、γ4のインターフェロンとなり、各ピークを示すインターフェロンの比活性値が要件とされた数値枠内におさまっていることを意味している。

また、分子量やアミノ糖分の要件についても単離同定されたヒト白血球インターフェロンであるピークγ並びにα1 、α2、β2、γ1、γ2、γ4は、いずれも要件とされた数値の範囲内にあることを意味している。

6(一) 請求原因6(一)のうち、被告林原研究所が、昭和六三年から、インターフェロン原液を製造し、これを被告大塚製薬及び被告持田製薬に販売していることは認めるが、同被告が製造しているインターフェロン原液が別紙物件目録(三)に記載のとおりであることは否認する。

(二) 請求原因6(二)のうち、被告大塚製薬が、右原液を用いて商品名「オーアイエフ五〇〇万IU」の注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売していることは認めるが、同被告が製造しているインターフェロン製剤が別紙物件目録(一)に記載のとおりであることは否認する。

(三) 請求原因6(三)のうち、被告持田製薬が、右原液を用いて商品名「IFNαモチダ五〇〇」の注射用乾燥インターフェロン―α製剤を製造し、販売していることは認めるが、同被告が製造しているインターフェロン製剤が別紙物件目録(二)に記載のとおりであることは否認する。

(四) なお、以下において、被告林原研究所が製造し、被告大塚製薬及び同持田製薬に販売しているインターフェロン原液、被告大塚製薬が右原液を用いて製造し、「オーアイエフ五〇〇万IU」との商品名で販売している注射用乾燥インターフェロン―α製剤及び被告持田製薬が右原液を用いて製造し、「IFNαモチダ五〇〇」との商品名で販売している注射用乾燥インターフェロン―α製剤を総称して「被告らの製品」という。

7 請求原因7は否認する。

8 請求原因8は争う。

9 請求原因9は争う。

10 請求原因10は争う。

三 被告らの主張

1 本件発明における「ヒト白血球インターフェロン」について

(一) 本件特許請求の範囲を解釈したり、本件明細書に表された本件発明の技術的思想を理解するに当たっては、本件優先権主張日当時における技術水準に立って、これを行わなければならないところ、本件優先権主張日である一九七八年(昭和五三年)一一月二四日当時において、インターフェロンはpH2の酸に対して安定なI型と不安定なII型とに分類され、I型インターフェロンは、ウイルス等を誘導物質としているが、産生細胞の別によって、白血球インターフェロン、リンパ芽球インターフェロン、線維芽細胞インターフェロンに区別されていた。したがって、本件特許請求の範囲における「ヒト白血球インターフェロン」は、当時の用語法に従い、ウイルスを誘導物質とし、ヒトの白血球を産生細胞として産生される限定されたインターフェロンをいうものと理解しなければならない。そして、その後の昭和五五年三月七日、インターフェロンの名称に関する委員会において、それまでに判明していたインターフェロンを新しい観点から分類し直し、取り敢えずインターフェロン―α、β、γの名称が定められ、ヒト白血球インターフェロンはインターフェロン―αに分類されることになった。

しかしながら、ヒト白血球インターフェロンがインターフェロン―αに分類されるからといって、インターフェロン―αに属するものすべてが本件発明にいう「ヒト白血球インターフェロン」とはならないのである。インターフェロン―αには、一般的な意味におけるヒト白血球インターフェロンのほかに、リンパ芽球インターフェロン、線維芽細胞インターフェロンの中のある種のものが含まれるし、また、ヒト白血球インターフェロンの中のある種のものはインターフェロン―βに属するのであり、更に、一般的なヒト白血球インターフェロンと本件発明における「ヒト白血球インターフェロン」とは必ずしも同一ではないから、「インターフェロン―α」イコール本件発明における「ヒト白血球インターフェロン」ではないのである。したがって、本件発明における「ヒト白血球インターフェロン」を「インターフェロン―α」と読み換えることは許されない。

(二) 本件優先権主張日当時において、インターフェロンは、その細胞起源に基づいて呼称され、白血球という用語は新鮮な血液白血球の短期培養物中に産生されるインターフェロンを意味していたから、「ヒト白血球インターフェロン」という用語は、人の白血球を産生細胞として取得された、特定の物性を有する、その存在を認識し確認され、記載された特定の分子種を意味するものであり、「ヒト白血球インターフェロン」がインターフェロンの型ないし種類を指すものではないことは明白である。

(三) 本件発明の技術的範囲を確定するに当たり、本件優先権主張日当時の技術水準に基づいて、「ヒト白血球インターフェロン」という用語を、発明の詳細な説明欄の記載、及び出願過程での原告自身の意見を参酌して、合理的に解釈すれば、<1>本件発明は人の白血球を産生細胞とするインターフェロンであり、<2>本件発明は、人の白血球を産生細胞とするインターフェロンのうち、特定の比活性及び分子量を有し、アミノ糖分が一分子当たり一残基未満であって、高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動で単一バンドを示すような均質性を有する特定の物性を有するα1 、α2等の特定の分子種を特定の精製方法によって単離し、医薬組成物の有効成分としているものであって、したがって<3>本件特許請求の範囲の記載によって解釈、確定しうる本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」は、その存在を認識し、確認され、実施例として記載された特定の分子種(ピークγ並びにα1 、α2、β2、γ1、γ2、γ4)に限定されるものである。

(四) 本件発明は、インターフェロンの下位種を基準とした構成要件から成るものであって、「それらが幾つか集まってα2等のサブタイプを構成するもの」を構成要件の一つとはしていない。すなわち、本件発明は、正常な人又は慢性骨髄性の白血病患者の白血球を産生細胞とし、ニューカッスル病ウイルスを誘導物質として、高速液体クロマトグラフィーを繰り返し行うことによって、単一のピークのヒト白血球インターフェロンの分子種(ピークγ、α1 、α2、β2、γ1、γ2、γ4)を単離精製して取得し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動において、それぞれ単一バンドを示したので、それぞれのものは「均質タンパク質」であると認定するという方法で、特定のヒト白血球インターフェロンを取り出し、右産生され、存在が認識された各分子種(ピークγ、α1 、α2、β2、γ1、γ2、γ4)の物性を、比活性値、分子量、アミノ糖残基、高速液体クロマトグラフィーにおける単一のピーク、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動での単一バンドという基準で表現することとし、これを特許請求の範囲記載のとおりに表示したものである。これを要するに、本件発明における「ヒト白血球インターフェロン」にあっては、高速液体クロマトグラフィーによって単一ピークを示す特定の分子種を取得するまで精製を繰り返すのであるから、右インターフェロンには、最終的に取得された特定の物性を有する特定の分子種しか含まれないことになる。したがって、本件発明の医薬組成物に含有される「ヒト白血球インターフェロン」には、そもそも分子種とか下位種という概念などは存在しないのであり、要件とされているのは、医薬組成物に適合する右物性の明らかな「均質タンパク質」としての「ヒト白血球インターフェロン」が有効成分として含まれているということだけである。

2 被告らの製品について

(一) 被告林原研究所が製造し、被告大塚製薬及び被告持田製薬に販売しているインターフェロン原液は、別紙被告製品目録(三)記載のものであり、被告大塚製薬が製造販売しているインターフェロン製剤は別紙被告製品目録(一)記載のものであり、被告持田製薬が製造販売しているインターフェロン製剤は別紙被告製品目録(二)記載のものである。

(二) 被告らの製品におけるインターフェロン―αは、急性リンパ性白血病患者から採取した細胞を培養株化したヒトリンパ芽球BALL―1細胞を新生児ハムスターの体内で増殖させる方法で得られた常に均質な産生細胞に、センダイウイルスを誘導剤として加えてインターフェロンを誘発し、これをモノクローナル抗体で取り出すという方法で取り出された均質蛋白質である。ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来のインターフェロン―αである。このインターフェロン―αは、高速液体クロマトグラフィーにおいて複数のピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動で複数バンドを示す特性を有するものであって、α2及びα8の混合物として存在するものではなく、かつ、そのような状態で医薬組成物中に含有されるものでもない。インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)における右複数ピークを示すものを分析すると、被告製品目録(一)ないし(三)に記載の分子量とアミノ糖残基を有するα2及びα8としては認識されるが、α2及びα8を単離精製して混合した混合物ではない。

このように、被告らの製品中のインターフェロン―αは、白血球とは異なるリンパ芽球BALL―1細胞を産生細胞とし、その物性も別紙被告製品目録(一)ないし(三)記載のとおりであり、分子種としても未分離の状態で存在する医薬組成物の有効成分である。

3 対比について

本件発明の構成要件と被告らの製品とを対比すると、以下のとおりであって、被告らの製品は本件発明の構成要件を充足しない。

(一) 「ヒト白血球インターフェロンを含有する」との要件との対比

本件発明は、右要件において、本件発明にかかるインターフェロンの産生細胞を正常な人から採取した白血球及び慢性骨髄性白血病患者の白血球(好中球、好酸球、好塩球、リンパ球、単球からなる)と規定しているが、被告らの製品にかかるインターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)は、急性リンパ性白血病患者から採取したリンパ芽球(白血球ではない)から採取した細胞を培養株化されたリンパ芽球BALL―1細胞を産性細胞とし、誘導剤としてセンダイウイルスを作用させることにより産生されたリンパ芽球由来の特定のインターフェロン―αであり、ヒト白血球由来の特定のインターフェロン―αではない。この点において、本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」と被告らの製品のインターフェロン―αとはすでにまったく別異のインターフェロンということになるから、被告らの製品は、いずれも右要件を充足しない。

原告は、白血球インターフェロンと称されていたものが、その抗原性の特異性に基づき、インターフェロン―αに分類されたのであるから、本件発明にいう「ヒト白血球インターフェロン」は即ちインターフェロン―αである等と主張するが、白血球インターフェロンといわれていたものがインターフェロン―αに分類されたからといって、直ちに原告主張のように考えるのは論理の飛躍がある。インターフェロン―αと呼ばれるものがすべて同一のインターフェロンを意味するものではなく、「インターフェロン―α」が本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」であることにはならない。本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」が特定の産生細胞に特定の誘導剤を作用させ、特定の製造方法で得られた、特有の性質を有するインターフェロンを意味するものであって、産生細胞、誘導剤、製法を異にし、医薬組成物としての物性において異なる物性を有する被告らの製品のインターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)とは、まったく別異のものである。したがって、後に、インターフェロン―αに分類されたからといって、その別異のものが同じものになるわけはない。

(二) 比活性、分子量、アミノ糖分含有量、ピーク及びバンドの各単一性並びに均質タンパク質の要件との対比

被告らの製品は、高速液体クロマトグラフィーにおいて複数のピークを示すとともに、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動で複数バンドを示すインターフェロンであって、複数のインターフェロンを混合したものではなく、また、サブタイプであるα2のアミノ糖分は一分子当り一残基以上であり、α8の分子量は、24400±1000 ダルトンであるから、いずれも右各要件の数値枠内には含まれないものであり、したがって、被告らの製品は、いずれも右各要件を充足しない。

本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」は、医薬組成物の有効成分としてのレベルにおいて、本件明細書記載の精製法によって、高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミドゲル電気泳動で単一バンドを示す均質タンパク質になるまで単離精製された特定のペプチド分子種であるのに対し、被告らの製品中の「インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)」は、本件発明とは全く異なる製法によって得られた医薬組成物の有効成分たるインターフェロン―αのサブタイプα2及びα8からなるものであって、そもそも、下位種なる概念で考えるべきものではなく、また、精製を完了した最終的成果物であって、本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」とはまったく異なる医薬組成物の有効成分である。

(三) 「ドデシル硫酸ナトリウム及び非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと」との要件との対比

本件特許請求の範囲と、その医薬組成物に、非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を含まないことを規定しているのに対し、被告らの製品には非インターフェロン活性タンパク質である人血清アルブミンが含まれているから、被告らの製品は、いずれも右要件を充足しない。因みに、本件発明の出願前に、「ヒト白血球インターフェロン」と人血清アルブミンとからなる組成物を治療を目的として投与することは公知の事柄であり、その場合の人血清アルブミンが夾雑物であることは明確に認識されていた。

原告は、人血清アルブミンを意図的に混合させた場合には夾雑物とならず、当初から含まれていれば夾雑物となる旨主張するが、使用時の形態を見る限り、組成物中に、意図的に混合させようと、当初から含まれようと、医薬組成物としては何ら異なることはない。本件発明は、特許請求の範囲の記載からも明らかなように、右のような夾雑物を敢えて除外することを構成要件としたと考えざるを得ない。

(四) 「以上を特徴とするヒト白血球インターフェロン感受性疾患治療用医薬組成物」との要件との対比

右(一)ないし(三)から明らかなように、被告らの製品は、ヒト白血球インターフェロンを含有する医薬組成物ではないという点において、そもそも、本件発明とはまったく別異のものというべきであるが、被告らの製品にかかるインターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)は、本件発明にかかるヒト白血球インターフェロンの有する各特徴を有せず、また、本件発明の医薬組成物においてて好ましからざるものとして排斥されている組成物を有するものであるから、この点においても、本件発明とはまったく別異のものというべきである。

(五) 以上のとおり、いずれにしても、被告らの製品は、本件発明の技術的範囲に属さないものである。

四 被告らの主張に対する原告の認否・反論

1 被告らの主張1について

(一) 本件優先権主張日である一九七八年(昭和五三年)一一月二四日当時、ヒト白血球インターフェロンと呼ばれていたインターフェロンが、その後名称変更され、インターフェロン―αと呼ばれるようになったのであるから、本件発明にいう「ヒト白血球インターフェロン」は、インターフェロン―αと同一のものであることは明らかである。名称が変わったからといって、実体が変わるわけではない。また、従来、「白血球インターフェロン」と称されていたものが「インターフェロン―α」に分類され、名称が変更されたのであるから、これは従来の呼称である「白血球インターフェロン」がインターフェロンの種類ないし型であったことを示すものである。

(二) 発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載のみによるべきであるところ、本件特許請求の範囲における「ヒト白血球インターフェロン」は、現在の名称における「インターフェロン―α」であり、このことは当業者にとって自明のことであり、その意味は一義的に確定しているから、明細書の発明の詳細な説明の記載を参照する特段の事情は本件にはない。

(三) 被告らは、本件発明においては、本件明細書の実施例の欄に記載されているα1 、α2等に限定されるべきである旨主張する。

しかしながら、発明における技術思想は特許請求の範囲に表現され、その技術的範囲は特許請求の範囲によって決定されるのであって、実施例は例にすぎない。本件では、すでに「ヒト白血球インターフェロン」という語によって特許請求の範囲が表され、この語によって技術的範囲が画されている以上、この範囲を強いて狭めて実施例に限定すべき理由はない。

また、本件発明は世界で初めてインターフェロンを単離し、その実体を世に明らかにしたものであるから、正義衡平の見地からも、本件特許請求の範囲は限定されるべきではない。

(四) 本件発明は、対象物を「ヒト白血球インターフェロン感受性疾患治療用医薬組成物」とし、その特徴を<1>ある性状のヒト白血球インターフェロンを含有すること、<2>ドデシル硫酸ナトリウムを実質的に含まないこと、<3>非インターフェロン活性タンパク質夾雑物を実質的に含まないこと、としている。また、右<1>の特徴であるヒト白血球インターフェロンは、高速液体クロマトグラフィーで単一ピークを有し、電気泳動で単一バンドを有するから、インターフェロン―αの下位種ということになり、右<2>、<3>は、要するに実質的に純粋なインターフェロン―αということである。したがって、本件特許の対象は、実質的に純粋なインターフェロン―αの有効成分とする医薬であり、それが別に規定する性状の下位種を含んでいるということである。換言すれば、そこに規定する性状の下位種が含まれている限りという条件のもとで、実質的に純粋なインターフェロン―αを有効成分として用いる薬剤は、すべてこの特許発明の技術的範囲に属するものである。

そして、インターフェロン―αは下位種のみから成るか、あるいは複数の下位種から成るものであるから、結局、実質的に不純物を含まないインターフェロン―αを用いさえすれば、本件特許請求の範囲に含まれることになる。

2 被告らの主張2について

被告らの主張する被告製品目録(一)ないし(三)について、次のとおり認否又は主張する。

(一) ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来の点について

原告は、被告らの製品におけるインターフェロン―αの産生細胞がヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来であることについては、認めることはしないが争わない。原告としては、被告らの生産現場の確認ができないから積極的に認めることはできない。しかし、この点について、被告らも、一般に頒布している販売資料中に、由来細胞についての偽りは書かないであろうし、この点についての立証を要するとすると時間も要する。原告は、被告らの細胞の由来についての主張については、本件特許の技術的範囲とは関係がないと考えているのであって、必ず認否する必要があるとは考えない。当事者が明らかに争っていなければ、裁判所は民事訴訟法一四〇条一項によって処理すればよいのである。

(二) 比活性値について

被告製品目録(一)ないし(三)においては、比活性値を得るのに用いたテスト細胞が本件特許請求の範囲の要件となっている細胞ではないから、主張自体意味をなさない。したがって、その認否も意味がない。

(三) 分子量について

α2については認める。

α8については認否をするつもりはない。

(四) 塩化ナトリウム及びリン酸緩衝剤を含有する点について

不知。

(五) アミノ糖分含有量について

α2については否認する。

α8については認否の必要がない。

(六) ピークとバンドの各単一性について

複数の下位種を含むものが複数ピーク、複数バンドを示すことは当然である。

3 被告らの主張3について

(一) 本件発明は、単離された下位種のみではなく、下位種が単離され、その存在と性質が確認される限りにおいて、それを含有するインターフェロン―αをもその対象とし、技術的範囲に含むということである。そして、被告らの製品中のインターフェロン―αは、そのままでは高速液体クロマトグラフィーで複数のピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミド電気泳動において複数のバンドを示すが、右は、均質蛋白質である幾つかのインターフェロンの下位種の混合物であることを意味し、これらを分離すれば、高速液体クロマトグラフィーで単一ピークを示し、ドデシル硫酸ナトリウム―ポリアクリルアミド電気泳動で単一バンドを示す均質インターフェロンが含有されていることが明らかであるから、被告らの製品中のインターフェロン―αが本件発明の「ヒト白血球インターフェロン」であることは疑いがない。

なお、被告らの製品中のインターフェロン―αは、均質な各種インターフェロンの下位種を得た後に混合したものではないと思われるが、そうであったとしても、本件特許請求の範囲の文言を充足することは明らかである。

(二) 仮に、本件特許請求の範囲の「ヒト白血球インターフェロン」が人の白血球から産生されるインターフェロンという意味であったとしても、被告らの製品のインターフェロンは、リンパ芽球も白血球であるから、字義上特許請求の範囲の記載に含まれるものである。リンパ球は白血球であり、リンパ芽球はリンパ球であるから、リンパ芽球が白血球であることは自明である。また、被告らの用いるBALL―1株は、B細胞由来のものであり、B細胞はBリンパ球と同じであり、Bリンパ球は白血球なのである。なお、リンパ芽球細胞はインターフェロン―αのほか、βも産生するとされているが、被告らが使用しているのはインターフェロン―αのみであるから、「ヒト白血球インターフェロン」であるということができる。

また、最近では、インターフェロンのアミノ酸配列もつきとめられており、インターフェロン―αについてもそのサブタイプ毎に配列が発表されている。したがって、リンパ芽球由来のものであろうと、その故に配列が異なるなどということはない。

(三) 更に、仮に、本件特許請求の範囲が実施例に限られるとしても、被告らの製品に含有される下位種が実施例に含まれていないとはいえない。本件発明の明細書中の下位種を指す符号は今日のものと異なっているから基準にはならないし、明細書記載の各下位種の比活性、分子量の値は必ずしも被告らの製品中のそれと完全には一致しないが、このような具体的数値は、測定方法、実験誤差によって異なりうるから、これのみで異なるということはできない。むしろ、インターフェロン―αを精製している以上、下位種の組合せにおいて差はあり得るとしても、同一下位種も含まれていたであろうと考える方が自然である。そして、被告らの用いるインターフェロン―αが本件特許請求の範囲に属する以上、被告らが実施例と異なることを自ら立証すべきであるが、その立証はない。

第三証拠<省略>

理由

一 請求原因1及び2の事実、並びに「『ヒト白血球インターフェロンを含有』すること」が本件特許権の構成要件の一つであることは当事者間に争いがない。

原告は、被告らの製品におけるインターフェロンがヒトリンパ芽球BALL―1細胞をその産生細胞とすることについて、これを明らかに争っていないから、右事実を自白したものとみなされる。

二 まず、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インターフェロン」の意義について、検討する。

1 甲第一号証、第一〇号証の一ないし五、第一二、第一三、第二一、第二七号証、乙第一、第一〇、第一五、第一九、第二四、第三〇、第三三、第三四、第三七号証並びに弁論の全趣旨によると、本件優先権主張日当時のインターフェロンに関する知見ないし技術水準は、次のとおりであったと認めることができる。

(一) インターフェロンは、ウイルス等の刺激を受けて動物の細胞が作り出す微量の蛋白質であって、抗ウイルス作用等を有するが、いわゆる種特異性があるので、人に有効なインターフェロンは、原則として人の細胞でなければ作ることができず、また同じ動物であっても、産生する細胞によって作られるインターフェロンの種類は異なる。

(二) 人に投与するインターフェロンは原則として人の細胞から作らなければならず、また一個の細胞から産生されるインターフェロンはごく微量であるため、大量のインターフェロンを作るためには大量の細胞が必要となるが、その細胞を入手する方法としては、通常の輸血では必要とされない白血球を利用する方法、持続的に産生する細胞株を利用する方法及び正常な染色体を保ちつつ分裂・増殖するヒト二倍体細胞を用いる方法とに大別することができる。

(三) 白血球は、赤血球、血小板とともに哺乳類の血球成分の一つであり、多数集めると肉眼的に白色を呈する血球であり、核を有する細胞であって、いくつかの細胞種の集合体である。そして、好中球、好酸球、好塩基球、単球及びリンパ球に分けられ、このうちリンパ球は、大リンパ球と小リンパ球とがあり、成熟するにつれて、大型のもの(リンパ芽球)から小型のものになる。また、リンパ球は、機能の相違から、組織及び細胞性免疫を司る群であり長命であるTリンパ球と、外部からの細菌に対する免疫抗体を産生分泌する群であり短命なBリンパ球とに分けられる。

(四) 白血球は、通常の輸血では不必要であるというより、原理的にはむしろ有害であるといわれ、一部の国では血液を各成分に分離、保存する体制がとられているので、これを産生細胞とするならば、いわば廃物利用の形でインターフェロンを作ることができ、このため白血球を産生細胞とするインターフェロンは、フィンランド、ソ連などで昭和四一年ごろから大規模に生産され、当時臨床的に使用されている唯一のインターフェロンであった。

(五) 白血球は増殖能力のない細胞であって、インターフェロン生産に用いることのできる白血球の量は供血量により必然的に限界があることから、インターフェロンの大量生産のためには、多量のインターフェロンを持続産生する新しい細胞株を樹立することが必要とされ、そのような細胞株としてリンパ芽球様細胞株が昭和四〇年以来数多く研究報告されてきた。

(六) リンパ芽球様細胞は、トランスフォームしたリンパ芽球を実験用培地で培養株化して得られる均質な細胞群であり、正常な血液中には存在しない悪性の細胞であるが、一定の条件下で無限に増殖する。報告された持続産生細胞のほとんど全てはリンパ球由来のリンパ芽球様細胞株であり、またその多くは白血病のようながん細胞であって、このため、少なくとも我が国ではこれらの細胞を用いて生産したインターフェロンを人に投与することは許されないと考えられていた。

(七) リンパ芽球様細胞を産生細胞とするインターフェロンの特性は、物理的、化学的あるいは免疫学的に白血球を産生細胞とするインターフェロンに類似するが、両者は特定のアミノ酸が相違すると考えられていた。

(八) 当時、一般的には一つの細胞が一つの特定のインターフェロンを産生するものと考えられ、そのためインターフェロンは、細胞起源を接頭辞に付けて呼称されていたものであって、白血球インターフェロン、リンパ芽球様細胞インターフェロン、線維芽細胞インターフェロン、免疫インターフェロンの四種類、又はこれらに羊膜細胞インターフェロンを加えた五種類に分類されていた。

(九) 本件優先権主張日の後である一九八〇年(昭和五五年)三月、インターフェロンの定義と分類に関する混乱を避けるため、国際的なインターフェロン命名委員会が開かれた。同委員会により、白血球や線維芽細胞が二つのタイプのインターフェロンを産生し、また免疫インターフェロンが免疫認識反応よりもミトーゲンで誘導されることが多いため、従来の「白血球インターフェロン」「線維芽細胞インターフェロン」及び「免疫インターフェロン」との用語は、明らかに不適切であるとされ、今後抗原特異性に基づいて分類することとされた。そして、白血球を産生細胞とするインターフェロンのうちの主なタイプをインターフェロン―α、線維芽細胞を産生細胞とするインターフェロンのうちの主なタイプをインターフェロン―β、また、通常酸に弱く、これまで「タイプII」と呼ばれていたものをインターフェロン―γと命名することになった。インターフェロン調製物は、複数タイプのインターフェロンを含むことがあり、例えば、リンパ芽球様細胞由来のインターフェロンは、インターフェロン―αとインターフェロン―βを含んでいるとされた。

以上の事実を認めることができる。

2 そこで、右認定のような知見ないし技術水準に立脚して作成された本件明細書の記載を検討する。

(一) 本件特許請求の範囲の記載は、前記一のとおりであるところ、ここには「均質タンパク質であるヒト白血球インタフェロンを含有し」と記載され、また「…を特徴とするヒト白血球インタフェロン感受性疾患治療用医薬組成物」と記載されているものであって、「ヒト白血球」との用語が、前記認定のようなインターフェロンに関する一般的な知見ないし技術水準と異なり物理的、化学的又は免疫的な観点等から示される特定の型や種類であることを窺わせるような記載は全くないから、この本件特許請求の範囲に記載された「ヒト白血球インタフェロン」は、ヒトの白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味するものと認められる。そして、この「ヒト白血球インタフェロン」との用語は、ヒトの末梢血に存する白血球を意味するものであり、また個々の特定の血球を指しているものではなく、前記のような五つの細胞種の集合体を指しているものと認められる。

(二) また、本件明細書の発明の詳細な説明をみても、本件発明の意義について、「本発明の医薬組成物におけるヒト白血球インタフェロンは、この医薬として重要な物質の化学的特性づけを初めて可能にする純すいなインタフェロンを十分な量で提供する新規製造方法により得られた。本発明の組成物におけるインターフェロンの化学的特性づけを可能にしたことは、この物質の開発における有意な進歩を表わす。」と記載され(本件公報5欄6ないし12行)、また、精製方法や得られたインターフェロンの性質について、「このようにして、人の白血球のインターフェロンの3つの別々の形態(α、βおよびγ)の各々は均質なタンパク質を表わす別々の鋭いピークに分割することができる。」(同7欄35ないし38行)、「人の白血球のインターフェロンの精製法の特定の態様において、…そして微量のn―ヘキサンを工程Cへ進む前に水相から除去する。」(同7欄末行ないし8欄4行)、「この新規方法により得られる均質な人の白血球のインターフェロンの種の各々は、前述のHPLCカラム上の鋭いピークと、2―メルカプトエタノールの存在下のドデシル硫酸ナトリウム(NaDodso4)ポリアクリルアミドゲル電気泳動上の単一の狭い帯とを示した。このゲルを抽出すると、タンパク質帯と一致する抗ウイルス活性の単一の鋭いピークが得られた。」(同8欄5ないし12行)と記載されている。また本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明の組成物におけるインタフェロンの製造を以下の例により詳細に示す。」としたうえ、実施例1として、「正常の提供者(donor)からの均質な人の白血球のインターフェロン」が、実施例2として「白血病の患者の白血球からの均質な人の白血球のインターフェロン」が記載されている。このように、本件明細書の発明の詳細な説明における記載からも、「ヒト白血球インターフェロン」との用語がヒトの白血球を産生細胞とするインターフェロンを意味していることが明らかである。

3(一) 原告は、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」は、現在のインターフェロン―αであって、同一のものである旨主張する。

しかしながら、前記の国際的な命名委員会がインターフェロンの新しい命名法について提言した経緯、内容等は前記1(九)で認定したとおりであって、白血球が二つのタイプのインターフェロンを産生するなど、「白血球インターフェロン」等の産生細胞を接頭辞に付けた従来の用語が明らかに不適切であるからこそ、抗原特異性という分類基準が採用されたのであり、その結果「インターフェロン―α」との用語によって、白血球が産生する主たるタイプのインターフェロンの種類が表わされることになったのであって、それまでの「白血球インターフェロン」との用語が抗原特異性の観点からは二つのタイプを含むものであり、「インターフェロン―α」と同一でないことは明らかである。

(二) 原告は、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球インタフェロン」の「白血球」は、インターフェロンの産生細胞を示すものではなく、インターフェロンの型ないし種類を示すものであり、本件優先権主張日当時、「リンパ芽球インターフェロン」という分類は存せず、それはとりもなおさず、「白血球インターフェロン」に属するものであり、それは、現在の「インターフェロン―α」である旨主張する。

しかしながら、そもそも型ないし種類を示すものであるという以上、同一の型ないし種類であることを示す物理的、化学的又は免疫学的な特性、あるいは用途的な特徴等が記載される必要があるところ、本件明細書をみても、「ヒト白血球インターフェロン」との用語が特定の型ないし種類を示していることを窺わせる記載は全くないといわざるをえない。また、甲第一七号証等の証拠の中には、「白血球インターフェロン」との語が「インターフェロン―α」との語に対応する形で表記されたものも存するけれども、前記認定のような新しい分類方法等が採用されるに至った経緯からして、これらに記載された「白血球インターフェロン」との用語が白血球を産生細胞とするインターフェロンのうちの主なタイプを意味していることは明らかであって、「白血球インターフェロン」と「インターフェロン―α」とをそのまま対応させた記載も、提唱にかかる新しいインターフェロンの型ないし種類についての理解の便宜を図ったにすぎないものと考えられるのである。したがって、原告の右主張も理由がない。

三 被告らの製品について、検討する。

1 前記のとおり、原告は、被告らの製品中の「インターフェロン―α」が「ヒトリンパ芽球BALL―1細胞に由来するものであることを明らかに争っていないから、この点を自白したものとみなされている。

2 右1の事実に加えて、前記一、二の各事実に、前掲甲第三七号証、乙第一号証、成立に争いのない甲第二六、第二八、第二九号証、乙第二四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二九号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、

(一) 「BALL―1細胞」は、B細胞型急性リンパ芽球性白血病(Acute Lymphoblastic Leukemia)由来の培養株である。すなわち、急性白血病は、白血球の特定の細胞が悪性化し、急速に増殖する等の異常な状態になる疾患であり、正常な血球の成育を阻害するなど、造血機能を妨げ、重篤な貧血、出血、感染による発熱等の激烈な症状を引き起こすものであるところ、そのうち、「BALL」は、B細胞が悪性腫瘍化した急性リンパ芽球性白血病(Acute Lymphoblastic Leukemia)を略記したものであり、「BALL―1細胞」は、右B細胞型急性リンパ芽球性白血病由来の培養株であって、ALL患者から採取したB型のリンパ芽球を継代培養して安定均一な株として樹立された細胞であり、リンパ芽球様細胞(lymphoblastoid)に当たるとされている。

(二) 昭和五三年当時、ヒトの血液(末梢血)から単離された白血球は、増殖能力を有しない細胞であり、培養によって増殖させることができないため、これを利用した大量生産には限界があると認識され、リンパ腫や白血病等の悪性腫瘍患者から採取したヒトリンパ芽球を培養株化し、これを産生細胞としてインターフェロンを産生させる試みがなされていた。この右培養株化したヒトリンパ芽球細胞は、リンパ芽球様細胞(lymphoblastoid)と呼ばれ、一定条件の下では生体外で無限に増殖することができるため、インターフェロンの大量生産への道を開くものとして期待されていた。

(三) 右の当時から、リンパ芽球様細胞は白血球とは別のものとして区別されており、また培養株化されたリンパ芽球細胞から産生されたインターフェロンは、その由来を接頭辞として付し、「リンパ芽球インターフェロン」又は「リンパ芽球様インターフェロン」と呼ばれ、「ヒト白血球インターフェロン」とはまったく別の種類のものと考えられていた。

以上の事実を認めることができる。ところで、甲第三九号証には、「リンパ芽球様細胞が本質的に白血球であると理解され、またリンパ芽球様細胞が実際に白血球インターフェロンを産生することが知られていたから、『ヒト白血球インターフェロン』は『ヒトリンパ芽球様インターフェロン』を包含するものと認識されていた」旨の記載部分が存するが、前掲乙第三三及び第三四号証の記載に照らし、また前記認定のとおり、インターフェロンの製造においては、当時既に大規模に生産され臨床的に唯一使用されていたものの増殖能力がなく大量生産に限界のある白血球を産生細胞とするインターフェロンと、悪性の細胞である点に難があるとされていたものの無限に増殖するため大量生産に適したリンパ芽球様細胞を産生細胞とするインターフェロンとは明確に区別されていたとの事実に照らし、採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3 右認定の事実によれば、昭和五三年当時の用法では、BALL―1細胞は、リンパ芽球様細胞として、白血球とはまったく別種の細胞であると分類されていたのみならず、BALL―1細胞は、B細胞型ALL患者から採取した、悪性化したB型リンパ芽球を継代培養した株化細胞であり、一定の条件のもとで増殖する人為的な細胞であって、それ自体として、血液中の白血球を組成する細胞ではないといわざるを得ない。

本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球」が人の血液中の好中球、リンパ球等の血球の不均質な血球群ないし集合体をいうものであることは、先に判示したとおりであるから、BALL―1細胞は、本件特許請求の範囲にいう「白血球」には該当しないものである。

4(一) 原告は、血液学的にはリンパ芽球も白血球の一種であり、BALL―細胞はBリンパ球由来であるから、BALL―1細胞は白血球由来ということができ、インターフェロン―α(ヒトリンパ芽球BALL―1細胞由来)は本件特許請求の範囲における「ヒト白血球インタフェロン」と同一のものである旨主張する。

しかしながら、前記判示のとおり、白血球は、好中球等の血球の不均質な集合体を指し、増殖能力がないのに対し、BALL―1細胞は株化細胞であって、両者は全く別種の細胞であると分類されていたのであって、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球」には当たらないから、原告の右主張は理由がない。

(二) また、原告は、本件明細書においては、その実施例2の欄で、産生細胞として慢性骨髄性白血病患者の血液から単離した白血球によるインターフェロンの製造例が開示されており、この病気は急性リンパ芽球性白血病(ALL)に転化するから、異常細胞を産生細胞としている点では同様であって、BALL―1細胞を除外する理由はない旨主張する。

しかしながら、右実施例における白血球も、当該患者から採取した血液から単離したものであり、生体外において、無限に増殖することができるリンパ芽球様細胞とは、別のものであることは明らかであるから、原告の右主張も採用することができない。

5 結局、被告らの製品中の「ヒトリンパ芽球BALL―1細胞」由来のインターフェロンは、本件特許請求の範囲にいう「ヒト白血球」から産生されたインターフェロンではないこととなるから、被告らの製品中のインターフェロンは、本件特許請求の範囲における「ヒト白血球インタフェロン」に該当しないことに帰着する。

四 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

別紙 省略

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